素敵なコラム紹介 #5|静かに削れていくものへ
素敵なコラム紹介 #5|静かに削れていくものへ
けありんぐ編集部です。「素敵なコラム紹介」も、今回で第5回を迎えました。いつも読んでくださっている方も、今日はじめて出会ってくださった方も、ようこそいらっしゃいました。
現場に立っていると、大きな出来事よりも、日々のささやかな場面のほうが、ふと胸に残ることがあります。玄関でしゃがんで靴を履かせる、ほんの数秒。台所のテーブルの上で、そっと差し出される古い小箱。お迎えの支度をしながら交わす、たった一言。どれも記録用紙のマスにはきれいに収まりきらない、けれど確かにそこにあった時間です。日々の業務日誌には書ききれない、そうした一瞬一瞬を、今日は思い出しながら読んでいただけたらと思います。
今回ご紹介する3本のコラムは、まさにそうした「その場では気づかれにくいけれど、確かに積もっていくもの」を、それぞれの立場から丁寧にすくい上げています。膝という体の部位、お金という家族の現実、記録には残らなかった一言。どれも声高に語られることの少ないテーマですが、だからこそ、読んだ人の中に静かに残るものがあります。書き手の方々は、専門職として現場に立つ方、家族として通い介護をする方と、立場はそれぞれ異なりますが、どのコラムにも共通しているのは、自分の中に生まれた小さな違和感を見逃さず、丁寧に言葉にしていく姿勢です。
ふだん現場で忙しく動いている方にも、ご家族の介護を担っている方にも、今日という一日のどこかで、少し立ち止まって読んでいただけたらうれしいです。連載も今回で5回目、これからも変わらず、けありんぐ編集部として、心があたたかくなるコラムをご紹介してまいります。それでは、第5回、はじめさせていただきます。
母の靴をしゃがんで履かせた夜、膝が立ち上がらなかったわたしへ
理学療法士として、特養と老健の両方で12年続けてこられた書き手が、実家の玄関で母の靴を履かせた夜のことから、このコラムを書き起こしています。履かせ終えて立ち上がろうとしたら、膝がすっと伸びてくれなかった。一拍おいて太ももに力を入れ直し、ようやく立てた。母には気づかれないよう笑いながら、内心では「わたしの膝、こんなに重かったっけ」と感じていた、という場面から始まります。職場では移乗や腰のことばかり気にしてきたのに、家で母を介護してみて初めて、いちばん削れていたのは膝としゃがむ動作だったと気づいた、という率直な語りが続きます。
このコラムの良さは、専門職としての知見と、一人の娘としての実感が、無理なく重なっているところだと思います。腰は屈んだ瞬間に「あ、痛い」とわかる。肩は鏡を見れば「上がっていた」とわかる。でも膝は、その場では何も言ってこない。そうした体の観察の解像度の高さに加えて、誰かを責めたり評価したりする書き方が一切ないところが、読んでいて安心します。夜勤明けの腰の話でも、勤務中の肩の話でもなく、床に近い低い位置での介助で静かに削れていく膝の話として書かれているぶん、介護職員にも、家庭で家族の介護をしている方にも、どちらにも同じ重さで届く内容になっています。日々しゃがんだり立ち上がったりを繰り返している方であれば、きっとどこかの場面が、自分のことのように重なってくるはずです。
「治る」「効く」という言葉を使わず、膝を守りながら続けるための段取りを書き残す、という姿勢も静かに胸に残ります。専門職としての12年と、家族としての気づきが、一つの夜の出来事の中で重なっていく筆致を、編集部としてあたたかく推したいコラムです。ふだん自分の膝の重さになかなか目を向けられずにいる方にこそ、そっと読んでいただきたいと思います。読み終えたあとには、自分の体をいたわる時間を、少しだけ取り戻したくなるかもしれません。
→ 母の靴をしゃがんで履かせた夜、膝が立ち上がらなかったわたしへ
父の通帳を「頼むな」と渡された日から、姉弟で揉めずにお金を整えた順番
書き手のなかぴーさんは52歳、中堅メーカーの総務部で係長を28年勤めてきた、ふつうの会社員です。3ヶ月前、地方で一人暮らしをしていた79歳のお父さまが脳梗塞で倒れ、通い介護が始まりました。新幹線で2時間の距離に弟さんがいますが、共働きで子育て中のため実働は難しく、お金の管理もケアマネへの連絡も、窓口はなかぴーさん一人。退院から少し落ち着いた頃、台所で父から「これ、頼むな」と、通帳と印鑑の入った古い小箱を渡された、その一言の重さから、姉弟で揉めずにお金を整えていった順番を書き残すコラムです。
このコラムの良さは、まず何より正直さにあると思います。「介護の段取りより、お金の話のほうが、よっぽど怖かった」という一文に、多くの読者がそっとうなずくのではないでしょうか。長く市役所に勤め、書類も通帳も自分できっちり管理してきたお父さまが、その管理を自分の手で娘に渡した場面の描写も、静かな重みを持って伝わってきます。そのうえで「完璧にやる、というのは諦めました」「やる気がない日でも1つだけ拾える設計にしてあります」と、無理をしない実務者としての知恵に切り替わっていくところに、書き手の誠実さが表れています。遠方のきょうだいと役割を分け合いながら通い介護をしている方や、お金の話をどう切り出せばいいのか迷っている方にとって、肩の力が抜けるコラムだと思います。
きょうだい間でお金のことをどう扱うかは、多くの家庭にとって触れにくいテーマですが、誰かを責める言葉が一つもないまま、淡々と手順として綴られているところに安心感があります。父から手渡された小箱の重みという情景を大切にしながら、そこから先は感情に流されず「順番」という具体的な道筋に落とし込んでいく構成の芯の強さを、編集部としてあたたかく推したいと思います。同じように窓口を一人で担っている読者にとっては、隣に座って話を聞いてもらっているような、そんな心強さを感じられるコラムではないかと思います。
→ 父の通帳を「頼むな」と渡された日から、姉弟で揉めずにお金を整えた順番
家族面談の前、玄関で息子さんが言った一言を記録に残していなかった日
理学療法士の視点から綴られたこのコラムは、お迎えの支度をしながら娘さんが玄関先でぽつりと漏らした「もう少し、母を見ていてほしいんです」という一言から始まります。その日の記録には、体温・食事量・排泄の欄がきちんと埋まっていたのに、その一言だけはどこにも残っていなかった。数週間後の家族面談で娘さんの表情が少し硬いことに気づいて、書き手はようやく、あの玄関先の一言を思い出した、というエピソードです。以前かかわっていた特養で、息子さんが面会の帰りぎわに「最近、足がむくんでいる気がする」と漏らしていた、似た出来事も重ねながら、申し送りノートの「特記事項」に何がすくい取られ、何がこぼれ落ちていくのかを見つめています。
このコラムの良さは、誰か一人の落ち度として描いていないところだと思います。「忙しい勤務のなかでは、それを責める余裕も、誰にもありません」という一文に、現場全体で抱えている構造への眼差しのやさしさが表れています。数値でもケアの手順でもない、家族がふと漏らす感想や不安を、日々の申し送りの中でどう拾っていくか。そこに丁寧に光を当てている姿勢が、日々記録に追われている介護職員にも、家族面談を控えている専門職にも、そっと寄り添ってくれます。自分が家族としてふと漏らした言葉が、ちゃんと届いているだろうかと感じたことのある方の心にも、静かに触れるコラムではないかと思います。
玄関先の何気ない一言が、実は家族の本音にいちばん近いところにあるのかもしれない、という気づきを、読み終えたあとにそっと残してくれます。記録の欄には収まりきらないものへの眼差しを、専門職としての誠実さで丁寧に描いているコラムとして、編集部として心を込めて紹介したいと思います。明日からの申し送りのなかで、ふと誰かの一言に耳を澄ませたくなる、そんなきっかけをくれるコラムです。
→ 家族面談の前、玄関で息子さんが言った一言を記録に残していなかった日
今回ご紹介した3本に共通して流れているのは、膝の重さであれ、通帳の重みであれ、玄関先の一言であれ、「大きな出来事の裏で、声高には語られないまま積もっていくものに、自分から気づきにいく」というまなざしだったように思います。専門職としての経験も、家族としての立場も、その静かな気づきの前では、同じ重さで並んでいるように感じられます。3人の書き手は、それぞれ違う場所に立ちながら、同じように自分の内側に耳を澄ませていました。
日々の忙しさの中では、こうした静かなものに目を向ける余裕は、なかなか持てないものです。だからこそ、今日ご紹介した3人の書き手のまなざしを、皆さまご自身の現場や暮らしのどこかに、少しだけ重ねてみていただけたらうれしいです。膝の重さに気づく夜も、通帳を受け取る日も、玄関先の一言も、きっと皆さまのそばにも、すでにあるはずですから。それに気づけたときには、どうかご自身のことも、少しだけいたわってあげてください。
「素敵なコラム紹介」は、これからも3週間ほどの間隔でお届けしてまいります。次回もまた、現場やご家庭のどこかで生まれた、あたたかい気づきに出会えることを、編集部一同楽しみにしています。どうぞ、次の回もお付き合いください。
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