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現場スキル2026年7月13日5分で読める

家族面談の前、玄関で息子さんが言った一言を記録に残していなかった日

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
@kaigo_operations
家族面談の前、玄関で息子さんが言った一言を記録に残していなかった日
目次

「もう少し、母を見ていてほしいんです」——お迎えの支度をしながら、娘さんが玄関でぽつりと言った、そのひとことでした。その日の記録には、体温・食事量・排泄の欄がきちんと埋まっていて、でもその一言はどこにも残っていなかったんです。数週間後の家族面談で、娘さんの表情が少し硬いのに気づいて、わたしはようやく、あの玄関の一言を思い出しました。

玄関の一言は、なぜ記録から消えるのか

申し送りノートには「特記事項」の欄があります。でもそこに書かれるのは、たいてい体温や食事量が動いたときの、職員側の観察なんですよね。家族がふと漏らした感想や不安は、数値でもなく、ケアの手順でもないので、「記録するほどのことか」と、その場で判断されずに流れていってしまう。忙しい勤務のなかでは、それを責める余裕も、誰にもありません。

わたしが以前かかわっていた特養でも、似たことがありました。ある入所者の息子さんが、面会の帰りぎわに「最近、足がむくんでいる気がする」と、玄関先で介護福祉士さんに話していたそうです。介護福祉士さんはちゃんと聞いていました。声かけも自然で、その場では「お伝えしておきますね」と返してくれてもいたんです。でも当番の記録欄には体温と食事量の枠しかなく、口頭で主任さんに伝えたつもりが、次の勤務者までは届いていなかった。伝言は、口から口へ渡るあいだに、少しずつ角が丸くなって、最後には「なんとなく気にされていたみたい」くらいの温度まで薄まっていたんです。

3週間後の家族面談で、息子さんが「前にも言いましたよね」と言った瞬間、テーブルを囲んでいた施設側は全員、初耳のような顔をしてしまったんです。悪気があったわけではありません。誰かが怠けていたわけでもない。聞いた介護福祉士さんも、確かに聞いて、確かに伝えようとしていた。ただ、家族の言葉を置いておく場所が、記録のどこにもなかっただけでした。息子さんの表情には、怒りというより、「うちの母のことを、本当に見てくれているんだろうか」という不安が滲んでいて、わたしはそれを見て、返す言葉が出てきませんでした。

わたしはこのとき、家族面談がこじれる芽は、面談の場ではなく、その何週間も前の玄関やロビーで、もう蒔かれているんだと気づいたんです。面談当日にどれだけ丁寧に受け答えしても、その手前で拾い損ねた一言があると、家族の側には「言ったのに」という感覚だけが残ってしまう。ここを直さないと、面談の技術をいくら磨いても、根っこのすれ違いは減らないんですよね。玄関先の一言は、クレームでもなんでもなくて、ただの心配です。でも、心配が二度、三度と受け止められずに流れると、それは「聞いてもらえない場所」という印象に変わってしまう。ここが一番、注意して見ておきたいところでした。

特記事項の欄に書かれずに消えていく家族の一言

「家族の声」だけを書く、もう一枠を足す

わたしが提案してみたのは、大げさな仕組みではありません。申し送りノートの「特記事項」とは別に、「家族の声」という欄を、もう一段だけ足すことでした。

書き方は、決めごとを増やさないくらいシンプルにしています。日付と時刻、そして家族が言った言葉を、できるだけそのまま一行に書く。「7/2 15:40 息子さん『足のむくみが気になる』」というふうに。職員の解釈や評価は書きません。聞いた人が、聞いたままを置くだけです。「むくみがあるので受診を勧めた方がよいのでは」といった判断は、あとで別の人が読んでから考えればいい。この欄の役目は、まず消える前に置くこと、それだけです。

この欄を分けたのには理由があります。ケアの記録欄は、もともと体温・食事量・排泄・特変で埋まっていて余白が少ないです。そこに家族の言葉を混ぜてしまうと、忙しい勤務の中では、どうしても数値のほうが目に入りやすく、言葉のほうが埋もれてしまう。だから、あえて場所を分けて、家族の言葉だけが並ぶようにしました。欄が独立していると、次の勤務者がノートを開いたときに、そこだけ読めば漏れがないという安心感にもつながります。誰かに聞いた話を、また別の誰かに口頭で伝える、という伝言ゲームの区間を、一つ減らせるわけです。

もうひとつ大事にしているのが、面談の前日に、ケアマネさんと一緒に、その週の「家族の声」欄を読み返す時間を、15分だけ作ることです。声を集めるだけでは足りなくて、面談の前にもう一度目を通しておかないと、結局は記録の中で眠ったままになってしまうからです。読み返しながら、「この一言は、面談で先に触れておいた方がいい」「これはまだ様子見でいい」と、ケアマネさんと二人で軽く仕分けます。声の重みは、聞いた瞬間よりも、あとから読み返したときのほうが、はっきり見えることが多いんですよね。わたし自身、若い頃は数値の記録ばかり気にして、家族の言葉を聞き流していた自覚があります。この欄は、そのころの自分への反省でもあるんですよね。

「家族の声」欄に一行を書き足す手元

面談の入り口が「初耳」から始まらなくなった

この欄を続けてから、面談の空気が少し変わりました。

先の息子さんのケースのような場面があったとき、面談の冒頭で「先週、足のむくみのお話がありましたよね」とこちらから切り出せるようになったんです。息子さんの、身構えていた表情が、ふっと緩むのが分かりました。言葉が届いていたと分かるだけで、その先の話し合いの温度は、まったく違うものになります。相手が身構えたまま話し始める面談と、少し肩の力が抜けた状態で始まる面談とでは、そのあと出てくる本音の量が、はっきり違うんです。施設長さんも同じ欄を面談前に見てくれるようになって、面談の場で「聞いていなかった」から話が始まることが減りました。

ただ、この欄が万能というわけでもありません。書く人によって「これは書くべきか」の線引きがぶれることがあって、最初のうちは、家族のちょっとした世間話まで書かれて欄がふくらみすぎたこともありました。今は「体調・環境・費用に関わる一言」に絞ろうと、ゆるく申し合わせています。それでも判断に迷う一言は、迷ったまま書いておく方を選んでいます。書かずに消えるより、あとで読み返して「これは世間話でしたね」と分かる方が、まだ取り返しがつくからです。もう一つ、家族の言葉をそのまま書くという性質上、批判めいた一言もそのまま残ります。読む側が身構えないよう、欄の頭に「事実の記録であって、誰かを責める欄ではない」と一行添えておくようにもしました。

面談で表情がふっと緩む場面

ケアマネさんへの相談でも、そのまま渡せる言葉になった

この欄は、地域包括やケアマネさんとの連携の場面でも、静かに役立っています。在宅に戻る話が出たときなど、施設の中だけでは判断しきれないことを、ケアマネさんに相談する場面が出てきます。そのとき「家族の声」欄をそのまま見せると、口頭で説明し直すより早く、家族がどんな言葉で何を心配してきたかが伝わるんですよね。書いた本人がその場にいなくても、言葉だけは正確に運べる。それが、この欄の一番の効き目なのかもしれません。

決して大きな出来事ではありません。むしろ、地味すぎて誰の手柄にもならないくらいの一行です。でも、家族面談がこじれるかどうかは、面談当日の受け答えよりも、その手前で交わされた小さな言葉をどれだけ拾えていたかで、ずいぶん決まるんだと、わたしは感じています。

皆さんの現場では、家族が玄関やロビーでふと漏らす一言、どこに残していますか。

ケアマネさんに家族の声欄を見せながら相談する場面

#家族面談#申し送り#理学療法士
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介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。

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