メインコンテンツにスキップ
現場スキル2026年8月10日5分で読める

巡視の順番を、部屋番号順からやめた日

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
@kaigo_operations
巡視の順番を、部屋番号順からやめた日
目次

「三時にコールが鳴って、駆けつけたらもう床に座り込んでいらっしゃいました」。

先週の夜勤明けのミーティングで、まだ経験の浅いスタッフがぽつりと言った一言が、わたしの中でずっと引っかかっていました。特に大きな怪我はなく、ご本人もすぐに落ち着かれたそうです。でも巡視表を見返すと、その部屋を確認する順番は、決められた通り、いちばん最後だったのです。わたしは、その一言をそのまま流せませんでした。

「巡視の順番」を疑ったことはありますか

特養の夜勤では、巡視は部屋番号の若い順に回ることが多いんですよね。数え漏れが出ないから、というのがいちばんの理由です。わたしも長らく、それで十分だと思っていました。

でも近ごろ、転倒やヒヤリの記録を月ごとにまとめて見返す機会がありました。数そのものは、多くはありません。年間で数えても、両手で足りるくらいです。

それでも、時間帯だけは偏っていました。二時から四時、いちばん人手の意識が薄くなる時間に集中していたんです。夜勤が始まってからしばらくは緊張感があって、朝が近づくとまた気が張り直す。ちょうどその谷になる時間でした。

しかも、そこに名前が挙がるのは、いつも同じ数人でした。たまたまその方たちの部屋が、部屋番号順だと後半に回ってくる並びだったんですよね。偶然だと思えば、それまでです。

でも記録を三か月分並べて、日付と時刻と部屋番号だけを付箋に書き出して壁に貼ってみたら、偶然にしては同じ顔ぶれが多すぎました。付箋の色が、後半の部屋番号にだけ偏って集まっていたんです。壁の前で、しばらく声が出ませんでした。

順番を疑うというのは、実はそんなに難しいことじゃないのかもしれません。ただ、今まで誰も並べ替えようと思わなかっただけで。忙しい夜勤の中で、並び自体を疑う余裕は、なかなか生まれないんですよね。

巡視表を手に、深夜の廊下で立ち止まる理学療法士

順番が「部屋番号」になっていた理由

この並びがいつからか、施設の誰にも正確にはわかりません。開設当初、人数を数え漏れなく回るために決めた並びが、そのまま十何年も引き継がれてきただけなんですよね。誰かが悪気を持って放置していたわけではないんです。

わたしが気になったのは、88歳の方のことでした。この方は夜中、脚がつって目を覚ますことが多く、そのまま一人でトイレに向かおうとする癖がある方です。もう何年も前から、夜のこの癖は変わっていません。

日中、歩行の評価をする分には、大きな不安はありません。手すりを使えば、十分に安定して歩ける方です。杖の高さも、半年前に一度見直して、いまはちょうど合っています。ご本人も「わたしはまだ大丈夫」とよくおっしゃいます。

危ういのは、いつも「目が覚めた直後の、ふらつく数十秒」でした。眠りから覚めて、脚のつりに気を取られながら立ち上がる。その瞬間だけ、日中の評価とはまったく違う体の使い方になるんですよね。日中の歩行だけを見ていては、なかなか気づけない場面です。

部屋番号順だと、この方の部屋は巡視の後半に当たります。ちょうど、スタッフが何室も回り終えて、少し気が緩む時間帯と重なっていました。悪気があるわけじゃないんです。人の集中力は、一定には保てないというだけで。

夜勤明けの申し送りでも、この時間帯の話はいつも「特変なし」で終わっていました。何も起きなかった夜が続くと、順番を疑う理由もなくなっていくんですよね。むしろ「今夜も何もなかった」ことが、並びを変えなくていい根拠のように扱われていました。無事だった夜の積み重ねが、逆に見直しを遠ざけていたんです。

夜の廊下で、部屋番号の並びを指でたどる手元

変えたのは「並び」だけ

大がかりなことをしたわけではありません。巡視表の並びを、部屋番号順から、記録の中で夜間に不安の出やすい方を先頭にする並びに変えただけです。

具体的には、いちばん上の欄にオレンジ色のシールを貼って、「今夜、最初に見に行く方」を固定しました。担当が日によって変わっても、最初に確認する一人だけは動かさない。それだけのルールです。二番目以降は、これまで通り部屋番号順のままにしました。全部を組み替えると、かえって覚えにくくなると思ったからです。

主任さんに相談したとき、「え、そんな単純なことでいいの」と笑われました。わたしも、これで十分だとは思っていません。ただ、複雑な仕組みを増やすより、まず一人分だけ順番を動かしてみる方が、現場では続きやすいんですよね。仕組みを重くすると、結局誰も守らなくなるのを、この15年で何度も見てきました。

最初の一か月は、試しという扱いにしました。効果を決めつける前に、まずは続けられるかどうかを見たかったからです。幸い、シールを貼り替える手間は数秒で済み、負担になっているという声は出ませんでした。夜勤明けの申し送りに「オレンジは確認済み」の一言を足すだけで、引き継ぎも滞りませんでした。

ケアマネさんにも、この88歳の方の夜間の傾向として共有しました。家族面談の材料にもなりますし、順番を変えた理由が記録として残ることにも意味があると思っています。「なぜその方が最初なのか」を、誰が見ても説明できる状態にしておきたかったんです。

夜勤の担当を組む主任さんは、いまはこのシールを貼り替える係も兼ねています。対象の方が変わるたびに、シールの位置も動かす。ここだけは、人任せにせず主任さんが握っています。新人のスタッフにも、引き継ぎのときに「まずオレンジの名前から」と、ひとことだけ伝えれば済むようになりました。

巡視表の一番上にオレンジのシールを貼る手元

それからの夜

並びを変えてから、まだ数週間です。劇的に何かが変わったとは言えません。それでも、二時から四時の巡視で、駆け足になる夜は以前より減った気がしています。

若手のスタッフが、「最初に見る人が決まっているだけで、気持ちの準備ができる」と言っていました。この一言が、わたしにはいちばん響きました。順番というのは、ただの並びではなく、その人にどれだけ気持ちを向けられるかの配分でもあるんだな、と改めて思います。

数え漏れを防ぐための並びと、リスクの高い方を早く見るための並びは、本来別のものなんですよね。ずっと同じ一本の並びで両方を兼ねようとしていたことに、今回ようやく気づきました。二つの目的を一つの並びに背負わせていたこと自体が、そもそも無理だったのかもしれません。

夜勤明けの窓辺で、巡視表を静かに閉じる理学療法士

もう15年になりますかね。長く同じ並びを見ていると、それが「決まり」なのか「習慣」なのか、区別がつかなくなることがあります。決まりのつもりで守っていたものが、実はただの習慣だった、ということが現場にはよくあるんですよね。並びを一度疑ってみるだけで、見える景色が変わることもあるのだと、今回教えられた気がしています。

あなたの施設の巡視の順番は、いつ、誰が、どうして決めたものでしょうか。

#転倒予防#夜勤#特養
000会員登録して反応する

コメント0

まだコメントはありません。

コメント・いいねはアプリまたは会員登録後に行えます。

介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。

この著者の他のコラムを見る →

アプリでコメントしよう

いいね・コメント・著者フォローはアプリから行えます。

アプリで開く
App Store·Google Play
「転びかけた」を、家族より先に知らせる基準を変えた日
現場スキル

「転びかけた」を、家族より先に知らせる基準を変えた日

「お母さん、転びかけたことがあったんですって? どうして教えてくれなかったんですか」 面談室のテーブル越しに、五十代くらいの息子さんがそう言った瞬間の空気を、わたしはまだ覚えてい…

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
000
歩行器のグリップに、指一本分のテープを貼った日
現場スキル

歩行器のグリップに、指一本分のテープを貼った日

朝の光がまだ薄い、7月にしては少し涼しい朝でした。面会前に歩行器のグリップの高さを見て、わたしは手を止めました。79歳の女性の方が、いつも使っている歩行器です。グリップの位置が、…

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
000
娘さんが置いていった、ふわふわの新しいスリッパを前に迷った日
現場スキル

娘さんが置いていった、ふわふわの新しいスリッパを前に迷った日

面会の帰り、88歳の方の居室に、紙袋がひとつ残されていました。中身は真新しいスリッパ。淡いピンクで、履き口にふわふわのボアがついた、見るからに暖かそうなものでした。 「娘が買って…

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
000
← みんなのコラム一覧に戻る