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現場スキル2026年8月17日3分で読める

「転びかけた」を、家族より先に知らせる基準を変えた日

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
@kaigo_operations
「転びかけた」を、家族より先に知らせる基準を変えた日
目次

「お母さん、転びかけたことがあったんですって? どうして教えてくれなかったんですか」

面談室のテーブル越しに、五十代くらいの息子さんがそう言った瞬間の空気を、わたしはまだ覚えています。声を荒げていたわけではありません。むしろ静かな声だったぶん、こちらの胸に深く刺さりました。

その「転びかけた」は、二週間前の夕方の出来事でした。廊下でご本人が少しふらつき、とっさに手すりに手をついた。すぐ横にいた介護福祉士さんが支えて、怪我はありませんでした。申し送りノートにも、確かに一行だけ残っていたんです。でもそれは職員間の記録の中だけで、ご家族のところまでは届いていませんでした。

わたしは特養の現場で理学療法士として15年以上、転倒のヒヤリを何百と見てきました。それでもこの日は、記録の中身ではなく、記録が「誰に向いていたか」を初めて疑いました。

「怪我がなければ書かなくていい」という空気

申し送りノートにヒヤリハットを残すかどうか、実は基準がスタッフごとにバラバラでした。ベテランの職員は些細なふらつきでも一行残す。一方で経験の浅い職員は「怪我もないのに大ごとにしていいのか」と迷って、書かないこともある。

このときの主任さんに聞くと、こう返ってきました。「大きな怪我じゃないのに、いちいちご家族に電話したら、心配させるだけでしょう」。

その気持ちは、わたしにもよく分かるんです。むかしの自分なら、同じ判断をしたと思います。でも今回、それが結果として「知らせない」を選んでしまっていた。優しさのつもりが、伝達の遅れになっていたんですね。

申し送りノートの前で立ち止まる理学療法士

PTとして見ていたのは、怪我の有無ではなかった

歩行訓練やADL評価の場面で、わたしがいつも見ているのは「転んだかどうか」ではありません。バランスを崩した瞬間の、支持基底面の広さや、手すりをつかむまでの反応の速さです。

今回の場面を振り返ると、ご本人は手すりに手をつくまで半歩分、体が流れていました。怪我をしなかったのは結果であって、次に同じ場面が起きたときも大丈夫、という保証にはならないんです。

つまり、怪我の有無を基準に「伝えるか伝えないか」を決めていたこと自体が、転倒リスクの見立てとしてはズレていた。わたしはそこにようやく気づきました。

わたし、こういう場面ばかり覚えていて困るんですけど、今回のはとくに忘れられません。

廊下の手すりに手を伸ばす利用者の後ろ姿

基準を「目撃者が一人でもいたら書く」に変えた日

主任さんと相談して、報告の基準そのものを変えることにしました。「怪我をしたかどうか」ではなく、「バランスを崩す動作を、誰か一人でも目撃したかどうか」。

様式は、大げさにしないことを意識しました。申し送りノートの隅に、小さな付箋欄を作っただけです。書く項目は「日付・時間・場所・崩した動作(立位/歩行/移乗)」の四つだけ。それ以上は書かなくていい、というルールにしました。

そしてこの付箋が一枚でも増えたら、48時間以内にご家族へ一報を入れる。怪我の大小は関係なく、です。主任さんは最初「電話が増えて大変にならないか」と心配していましたが、実際に始めてみると、月に数枚増える程度でした。

付箋に4項目だけ書き込む手元

変えてから、家族面談で起きたこと

基準を変えて数ヶ月後、また別の家族面談がありました。今度はこちらから先に切り出しました。「先週、椅子から立ち上がるときに、少しふらつかれた場面がありました」。

娘さんは一瞬驚いた顔をしましたが、すぐにこう言ってくれました。「教えてくれて、ありがとうございます」。あの日の息子さんに言われた言葉とは、まるで違う空気でした。

同じ出来事でも、こちらから先に伝えるか、後から知られるかで、ご家族の受け取り方はこんなに変わるんですね。基準を決めたのは主任さんとわたしですが、それを支えているのは、日々書いてくれる職員一人ひとりの小さな一行です。

あなたの現場では、「伝える基準」は誰が決めていますか。

面談室で穏やかに話す理学療法士と家族

#転倒予防#家族面談#申し送り
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介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。

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