夜勤明けの申し送りで、いつも聞かれる「これ、一人でいいんでしたっけ」
夜勤が明ける少し前、まだ薄暗い廊下で、若いスタッフさんに呼び止められることがあります。「〇〇さん、移乗って一人でいいんでしたっけ、二人でしたっけ」。理学療法士として、この特養に15年近く出入りしてきて、同じ質問を数えきれないほど受けてきました。答えられないわけじゃないんです。でも、その質問が出るたびに、申し送りのどこかに、大事な一行が抜けているんだろうな、と思うんですよね。
「昨日まで一人でよかった」は、今日も同じとは限らない
その日のことは、今でもよく覚えています。88歳の女性の方で、普段は職員一人の介助でベッドから車椅子へ移乗されていました。歩行訓練の評価で居室に伺ったとき、立ち上がりのときにふらっと体が傾く場面が二度ありました。転倒予防の観点では、はっきり「黄色信号」の変化です。わたしはその場にいた職員さんに口頭で伝え、看護師さんにも様子を話しました。でも、次の日勤で申し送りノートを見返すと、そこには前日までと同じ「移乗介助」の一行しかなかったんです。
数日後、たまたまその方を担当したのが、当時入って半年ほどの職員さんでした。前の記録を見て「一人でいいはず」と判断し、いつも通りに介助を始めた瞬間、膝がかくんと崩れかけて、二人でなんとか支えました。大きな事故にはならなかったけれど、わたしはその話を聞いて、血の気が引きました。伝えたつもりでいたのに、伝わっていなかったんです。
なぜこういうことが起きるのか、しばらく考えていました。移乗の人数判定は、体調や意欲、その日の眠気やむくみ具合まで含めて、日によって微妙に変わります。「今日はちょっと危ないかも」という感覚は、介助した人の手にはちゃんと残るのに、文字にする段になると「わざわざ書くほどでもないか」と削られやすい。口頭で誰かに話した、という安心感が、記録に残す手を止めてしまうんですよね。夜勤明けの慌ただしさの中では、なおさらです。

名前の横に、丸数字をひとつ置いただけ
この出来事のあと、主任さんに相談して、申し送りノートの様式を少しだけ変えました。難しいことはしていません。利用者名の欄の横に、小さく「①②」という二つの丸数字を印刷しておくだけです。①は一人介助、②は二人介助。ふだんの人数の方に、あらかじめ薄く丸をつけておいて、変化があった日だけ、その場でペンを持ってもう一方に丸をつけ直す。それだけの運用です。
大事にしたのは、「変化があったときだけ手を動かせば済む」形にしたことでした。毎回文章を書かせようとすると、結局は忙しさに負けて省略されてしまう。でも丸をひとつ動かすだけなら、ふらついた場面を見た人が、その場で数秒で残せます。看護師さんがバイタルのついでに気づいた変化も、同じ欄に丸をつけてもらえるようにしました。誰かの専門にかかわらず、気づいた人がすぐ書き足せる場所を、名前の真横に置いたことがポイントだったと思います。
わたし自身、理学療法士として歩行や立ち上がりの評価をする中で、「今日は危ない」と感じた瞬間は、必ずこの欄に丸をつけてから居室を出る、と決めました。評価の結果を後でまとめて書こう、と思っていると、次の利用者さんの対応に追われて忘れてしまうことが、正直何度もあったからです。

若いスタッフさんが、聞く前に足を止めるようになった
様式を変えてからしばらく経って、気づいたことがあります。あの「これ、一人でいいんでしたっけ」と聞きにくる回数が、少しずつ減っていったんです。正確には、聞かなくなったわけではありません。名前の横の丸を見て、「あ、今日は②に変わってる」と自分で気づいて、先に二人を手配してから声をかけてくれるようになりました。聞く前に、まず自分の目で確かめる癖がついた、という感じでしょうか。
主任さんとは、月に一度のヒヤリハット報告を振り返る場で、この欄の話をよくします。多い週には移乗に関する報告が何件か上がっていた時期もありましたが、様式を変えてからは、そういう報告そのものが目に見えて落ち着いてきた印象があります。数字だけを誇るつもりはありません。ただ、丸をひとつ動かす手間が、誰かのヒヤリを一つ減らしているのだとしたら、続ける理由としては十分だと思っています。
先日、あの半年目の職員さんが、別の利用者さんの欄を指さして「この方、最近①に戻ったんですね」と話しかけてきました。危なかった時期を越えて、また一人介助に戻れるくらい、状態が落ち着いてきたということです。丸ひとつの記録が、悪化だけでなく回復も映していることに、わたしはそのとき初めて気づきました。
あなたの現場の申し送りには、「聞かないと分からない一行」が、今どれくらい残っているでしょうか。

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介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。
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