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現場スキル2026年9月7日約5分で読める

「リハビリの回数を増やしてほしい」と言われた面談で、最初に渡すものを変えた日

さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
さゆり | 介護施設で気づいた段取りの話
@kaigo_operations
「リハビリの回数を増やしてほしい」と言われた面談で、最初に渡すものを変えた日
目次

午後2時、面談室の窓から差し込む光が、テーブルの半分だけを照らしていました。壁の時計は少し進んでいて、いつもそのくらいの時刻になると面談が始まります。

「リハビリの回数を、もう少し増やしていただくことはできませんか」

向かいに座った五十代の娘さんが、開口一番そう切り出しました。声は静かでしたが、膝の上で組んだ手に力が入っているのが見えました。

隣にいた主任さんが、手元のファイルにちらりと目を落としました。わたしも一瞬、言葉に詰まりました。回数を増やす、増やさないの前に、まず伝えなければいけないことがあった気がしたからです。

面談室のテーブルには、これまで何十組もの家族が座ってきました。同じような切り出し方を、わたしは何度も聞いてきたはずなんです。それなのに、その日はいつもと違う入り方をしようと決めていました。

その日わたしが最初に差し出したのは、資料でも回数表でもありませんでした。小さなメモ一枚でした。

「回数」の裏にあるのは、たいてい不安

娘さんは遠方に住んでいて、面会に来られるのは月に一度ほどでした。前回会ったときより、お父さんの歩く速さが少し遅く見えた。その印象だけを抱えて、今日ここに座っている。そういう方でした。

回数を増やせば安心できる。娘さんの言葉には、そういう単純な計算があったと思います。でも回数は、わたし一人の判断で決められるものではありません。老健の計画も、ケアマネさんとの調整も、保険の枠もあります。「増やせます」とその場で即答することは、わたしにはできませんでした。

正直に言うと、これまでは回数の話を先にして、それから状態の説明をしていました。制度の話から入ると、家族の顔がだんだん固くなっていくのを、何度も見てきました。半年ほど前にも、別の利用者の息子さんに同じ説明の仕方をして、最後まで表情がほどけなかったことがあります。

「枠がいっぱいで」「保険の関係で」。正しい説明のはずなのに、話すたびに自分が壁を作っているような感覚が残りました。息子さんは最後、「分かりました」とだけ言って帰っていきました。分かってもらえた気は、まったくしませんでした。

あのときのわたしは、制度を説明することが誠実さだと思い込んでいたんだと思います。伝えるべき順番があることに、まだ気づいていませんでした。

ある日の面談のあと、廊下で娘さんがぽつりと言った一言が残っています。「増えなくてもいいので、良くなっているのか悪くなっているのか、それだけ知りたかったんです」。

回数がほしかったのではなく、安心の手がかりがほしかったんです。そのことに、恥ずかしながらしばらく気づけませんでした。理学療法士として15年、評価の言葉ならいくらでも持っていたのに、家族に渡す言葉は持っていなかったんですね。

面談室の窓際で資料を見つめる家族の後ろ姿

記録に「できるようになったこと」欄を足した

理学療法士として書くリハビリ記録は、これまで「実施内容」と「回数」だけの欄が中心でした。何分歩いたか、何回立ち上がったか。数字は残っても、その数字が何を意味するのかは、記録の外に置き去りになっていたんです。

そこで欄をひとつ足しました。「今週、できるようになったこと」。書けるのは三行までと決めました。忙しい日勤の合間に書くものなので、長くしたら続かないと分かっていたからです。

書くことがない週があってもいい、というルールにもしました。無理に絞り出すと、記録が薄い自慢話になってしまう気がしたからです。実際、何も書けない週は月に一、二度ありました。

始めた最初の週は、正直わたし自身も三日ほど書き忘れました。歩行訓練が終わるたびメモ帳に一言だけ走り書きして、記録に清書する時間を夕方に固定してから、ようやく習慣になったんです。

一緒に担当している若いPTには、最初「また書類が増えるんですか」と苦い顔をされました。三行までと決めていること、書けない週があってもいいことを説明すると、少しずつ書いてくれるようになりました。増やしたのは項目ひとつ、それだけだったからだと思います。

書き始めて三週目、午前のリハビリの時間でした。お父さんが洗面台の縁に手を添えながら、いつもより数歩、自分の足で進みました。「洗面台まで一人で歩いて行けるようになった」と、その日の欄に書けたんです。歩行訓練のときにずっと見てきた変化で、わたしにとっては小さな達成でした。でもそれを家族に伝える場は、これまでどこにもなかったんです。

申し送りノートにも、この欄の存在を一行だけ足しました。「できたこと欄、記入お願いします」。特養でも老健でも、忙しさは変わりません。だからこそ、続けられる形にすることだけを考えました。

リハビリ記録のできるようになったこと欄に短く書き込む手元

面談で最初に渡すのは、メモ一枚

「できるようになったこと」欄から、面談の前に一つだけ選んで、小さなメモカードに書き写すようにしました。回数の話をする前に、まずそのメモを差し出す。順番を変えただけです。

あの日の娘さんに渡したメモには、「先週、洗面台まで一人で歩いて行けるようになりました」とだけ書きました。手渡すとき、少し手が震えていたのは娘さんの方でした。

娘さんはしばらくメモを見つめていました。それから、膝の上で組んでいた手が、少しほどけました。

「回数の話は、そのあとでいいので」

娘さんの方からそう言ってくれたのは、あの面談が初めてでした。回数の検討自体は、その場では結論を出さず、ケアマネさんも交えて改めて相談する流れにしました。即答できないことは、変わらなかったんです。

でも面談の空気は、明らかに違いました。制度の説明から入っていたときは、聞かれたことに答えるだけの時間になっていました。メモから入ると、お父さんの今を一緒に見る時間になったんです。

主任さんも隣で、ずっと黙ってうなずいていました。あとで「あのメモ、次からわたしも用意していいですか」と聞かれて、少し照れくさかったのを覚えています。

面談が終わったあと、娘さんはメモを大事そうに鞄にしまって帰っていきました。回数はまだ何も決まっていないのに、足取りは来たときより軽く見えました。

面談室でメモを見つめる娘さんとうなずく理学療法士

回数は変わらなくても、渡すものは変えられる

あれから、面談の前には必ずメモを一枚用意するようになりました。特別なことが書ける週ばかりではありません。「歩行のペースがいつも通り保てています」という、地味な一行のときもあります。

それでもいいんです。数字の裏にある小さな事実を、家族が最初に受け取れるようにすること。わたしにできるのは、そこまでだと思うようになりました。

回数を増やせるかどうかは、今もわたし一人では決められません。それでも、面談室に入ってくる家族の肩の高さが、以前より少しだけ低く見える気がしています。

先日、別の利用者の息子さんが面談の帰り際に「次も、あのメモ楽しみにしてます」と言ってくれました。回数の返事はまだ出せていないのに、です。制度の枠は変えられなくても、渡す一枚は毎回変えられる。今はそれだけを、次の面談の支度にしています。

メモを書く三行のために、わたしは毎週、利用者の小さな変化を探すようになりました。回数を求められて始めたことが、いつのまにか自分の見る目を変えていたんですね。

あなたの現場では、面談で家族に最初に渡しているものは何ですか。

面談室を出ていく家族を見送る理学療法士の後ろ姿

#家族面談#リハビリ記録#理学療法士
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介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。

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