夜の居室を床から見たら、転倒のヒヤリは動線にあった話
目次
夜の居室を床から見たら、転倒のヒヤリは動線にあった話
特養の現場で、夜間のヒヤリ・ハットの記録をめくっていた、ある週の話です。
同じ方が、同じくらいの時間に、同じ場所で、ヒヤリを繰り返していました。記録には「夜間、トイレ移動時にふらつき」とだけ書いてあります。次の朝も「ふらつき」。その次も「ふらつき」。書いてくれた介護福祉士さんは、ちゃんと気にして残してくれている。でも、「ふらつき」という言葉だけだと、わたしたちは次に何を変えればいいのか、決められないんですよね。
「足が弱ってきたのかな」「夜は見守りを増やそうか」。最初に出てくるのは、だいたいその 2 つです。どちらも間違ってはいません。ただ、わたしはその週、夜勤の介護福祉士さんに頼んで、その方が起きる時間帯に、居室の床にしゃがませてもらいました。立ったままではなく、その方がベッドから降りて立ち上がる、あの低い目線まで下げて、夜の居室を見てみたかったからです。
そうしたら、ベッドからトイレまでの数歩のあいだに、「またぐ物」が 3 つありました。これは、その見方のメモです。
「ふらつき」は、観察ではなく、結果の言葉だった
「ふらつき」という記録は、悪い記録ではありません。書く側は「気にしてね」と渡してくれています。
ただ、「ふらつき」は、その方の身体に起きた結果を書いた言葉です。なぜふらついたのか、どこでふらついたのか、という手前の情報が抜けている。だから読む側は、「足が弱ったから」という、一番ありがちな原因に当てはめてしまいがちになります。
身体機能が落ちてきている、というのは、もちろんあります。でも、夜間のふらつきには、もう一つ、見落としやすい原因があります。昼間は通れていた動線に、夜だけ物が割り込んでいる、という原因です。
夕方に家族が持ってきた荷物。日中のリハで使った歩行器。床に垂れた充電コード。昼間は職員さんの目があって、自然とよけられていた物が、夜の薄暗い居室では、そのまま「またぐ物」になる。足が弱ったのではなく、通り道の方が、夜だけ細くなっていた。そういう夜が、わたしの経験では、けっこうあります。

理学療法士の癖で、低い目線から動線を見た
主任になる前、わたしは同じ法人の介護施設で、常勤の理学療法士として 10 年以上、評価とリハに関わっていました。
理学療法士の仕事の一つに、その方の動作と、動作が起きる環境を、セットで見るというのがあります。歩行の評価をするときも、「足が上がるか」だけでなく、「その人が実際に歩く床に、何が置いてあるか」まで見る。動作は、いつも環境とセットでしか起きないからです。
その癖が残っていたので、わたしは「ふらつき」の記録を、身体の問題としてだけでなく、動線の問題として見直してみました。やったことは単純で、その方が夜に通る道を、ベッドの端に座った低い目線でたどり、足元に何があるかを 1 つずつ確認しただけです。
立って見ると気づかないんです。立っている職員さんの目線には、床のコードもスリッパも入ってこない。でも、ベッドから降りる方の目線まで下げると、夜の床は急に「障害物のある通路」に変わります。
念のため書いておくと、これは「理学療法士のやり方が正しい」という話ではありません。介護福祉士さんが毎日その方を見ている観察の解像度は、わたしの環境の見立てとは別の種類の専門性です。ここでお伝えしたいのは、観察に「動線」という一つの視点を足すと、次に動かせる物が見えてくる、という、ただそれだけのことです。

わたしが夜の動線を見るときの 5 項目
実際にわたしが、夜の居室の動線を見るときに確認している項目は、この 5 つです。
- ベッドから降りる側に、つかまれる物が連続しているか(ベッド柵 → 手すり → 壁が、手が離れる空白なくつながっているか)
- 足元に「またぐ物」がないか(コード・スリッパ・荷物・歩行器・ごみ箱)
- 夜間の明かりが、足元を照らしているか(顔の高さの照明ではなく、床を照らす位置に光があるか)
- トイレまでの方向転換が、1 回で済むか(途中で体の向きを変える回数が多いほど、ふらつきは増えます)
- スリッパか、素足か、滑り止めか(履物は、その方が自分で選んでいることが多く、見落としがちな項目です)
ポイントは 3 つあります。
- 「足が弱った」で止めず、足元の環境を 1 つずつ言葉にすること
- 昼ではなく、その方が実際に動く夜の時間帯に、低い目線で見ること
- 動かせる物(コード・荷物)と、動かせない物(柱・間取り)を分けて、まず動かせる物から手をつけること

この 5 項目で見たあの方の居室は、ベッドからトイレまでに、充電コード・前日の荷物・使っていない歩行器、の 3 つが「またぐ物」になっていました。3 つとも、動かせる物でした。
動線を 1 本に絞ったあとのこと
やったことは、たいそうなことではありません。充電コードをベッドの反対側に回し、前日の荷物を棚に上げ、使っていない歩行器を昼間のうちに片付け、足元を照らす小さな明かりを 1 つ足した。ベッドからトイレまでを、またぐ物のない 1 本の道にした、というだけです。
そのあと、その方の夜間の「ふらつき」の記録は、減りました。
ただ、ここで断っておきたいことがあります。動線を整えたから転倒がなくなった、と断定するつもりは、ありません。転倒は、身体の状態・体調・服薬・その日の覚醒度など、いくつもの要因が重なって起きます。動線は、そのうちの「環境」という一つの要因にすぎません。わたしが書けるのは、動かせる物を動かしたら、その方が夜に通る道が、少しだけ歩きやすくなった、という範囲までです。それ以上のことを書き始めると、責任の取れない領域に踏み込んでしまいます。

この見方が効かないケースも、ちゃんとあります
動線を整える見方が、うまく効かないケースもあります。先に書いておきます。
- 認知症で、動線そのものが日替わりの方: 毎晩ちがう経路で動かれる方には、「1 本の道」を決めても、その通りには歩いてくれません。この場合は、道を固定するより、どの経路でも手が届く範囲に、つかまれる物を増やす方向に切り替えます。
- 身体機能の低下が主な原因の方: 環境を整えても、立ち上がり自体が不安定な方は、動線の話だけでは足りません。これは、わたしの環境調整の範囲を超えるので、リハ職や看護師さんと相談して、別の視点を重ねる必要があります。環境調整は、あくまで打てる手の一つです。
- 居室の構造上、動かせない物が多い方: 柱や間取りは動かせません。動かせない物を無理に変えようとせず、動かせる物だけに絞る。それでも、またぐ物が 1 つ減れば、夜の道は 1 つ歩きやすくなります。
環境調整は、魔法ではありません。動かせる物を、動かせる範囲で動かす。その地味な作業の積み重ねだと、わたしは思っています。
観察は介護職さん、見立ては重ねて
最後に、役割分担のことを書かせてください。
夜のふらつきに最初に気づくのは、いつも夜勤の介護福祉士さんです。「この方、最近トイレで止まることが増えたな」という、毎日見ているからこその気づき。これは、わたしには出せない観察の解像度です。
わたしができるのは、その観察に「動線」という視点を 1 つ足して、次に動かせる物を一緒に見つけることです。観察は介護職さん、環境の見立てはわたし、身体の評価が必要ならリハや看護師さんへ。「ふらつき」の一語を、みんなで「次に動かせる 1 つ」に翻訳していく。その分担ができると、記録は、責める材料ではなくて、現場が動くための合図になります。
あなたの現場の居室で、夜にいちばん暗くて、いちばん物が割り込みやすい動線は、どこでしょうか。
わたしは「ベッドから降りた、最初の一歩の足元」から見ます。そこに、またぐ物が 1 つでもあったら、まずそれを動かす。それだけで、夜の道は、ひとつ静かになります。

コメント0
まだコメントはありません。
コメント・いいねはアプリまたは会員登録後に行えます。
介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。
この著者の他のコラムを見る →関連記事
多職種カンファで「誰が決めるの?」が消えた、最初の1問を変えた話
多職種カンファで「誰が決めるの?」が消えた、最初の1問を変えた話 特養の現場で、月に一度の多職種カンファに同席していた、ある時期の話です。 その日のカンファには、主任さん、介護福…
夜勤明けの申し送りを5行に絞ったら、朝の動き出しが30秒早くなった話
夜勤明けの申し送りを5行に絞ったら、朝の動き出しが30秒早くなった話 特養の現場で主任を任されて、2 年目の春の話です。 朝 6 時 30 分、申し送り室。夜勤明けの介護福祉士さ…
ケアマネさんの初回訪問の前夜、A4一枚に枠を三つだけ書いた話
ケアマネさんが初めて家に来る、前の夜のことです。父の実家の台所で、わたしはA4のコピー用紙を一枚、テーブルに置いたまま、三十分ほど何も書けずにいました。明日、何を話せばいいんだろ…