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セルフケア2026年7月15日4分で読める

夜勤明け、コーヒーを淹れ忘れて家を出た朝に気づいた、燃え尽きの小さな合図

あさひ
あさひ
@kaigo_health
夜勤明け、コーヒーを淹れ忘れて家を出た朝に気づいた、燃え尽きの小さな合図
目次

夜勤明けの朝、玄関で靴を履きながら、ふと手が止まりました。今日、コーヒーを淹れていない、と。

わたしにとって朝のホットコーヒーを淹れる数分は、夜勤明けの体を地面に戻すための、小さな儀式みたいなものでした。それを、淹れることすら思いつかないまま、家を出ようとしていた。腰でも肩でも膝でもなく、その朝いちばん「あれ」と思ったのは、好きだったことが、どうでもよくなっていたことでした。

介護現場で 12 年、理学療法士として特養と老健の両方で続けてきました。職場では夜勤明けの腰や移乗のことばかり気にしてきたのに、自分の心がすり減る合図には、いちばん鈍かったんですよね。この記事は、体の痛みの話ではありません。燃え尽きる手前の、静かで小さな合図の話です。介護職員さんにも、家で家族介護をしている方にも、両方に向けて書いています。「治る」「効く」は使いません。倒れる前に気づいて、休む許可を自分に出すための、わたしの段取りを書き残します。

なぜ「コーヒーを淹れ忘れた」ことが合図だったのか

燃え尽きって、ある日いきなりガクッと倒れて始まるものだと思っていました。でも、わたしの体感では違いました。先に来るのは、楽しみだったことが、面倒に変わることなんです。

コーヒーを淹れる気が起きない。週 1 回の銭湯に行くのが億劫になる。夜勤明けにラジオをつけて洗濯物を干す時間が好きだったのに、無音のまま黙々と干していた。どれも「疲れてるだけ」で片付けられる小ささです。でも振り返ると、体が痛いと言い出すより先に、心が省エネモードに入っていたんですよね。

PT 風に言えば「心身の負荷が回復の容量を超えかけている」ですが、現場でも家でも、そんな言葉は使いません。**「好きなことが、めんどくさい」**で十分です。やっかいなのは、この合図はがまんが効いてしまうこと。痛みと違って動けてしまうから、省エネのまま何ヶ月も走れてしまう。だから燃え尽きは、倒れてから休むのではなく、好きなことが面倒になった時点で、先に休みを足しておくしかないんです。

夜勤明けの玄関で、コーヒーを淹れ忘れたことにふと気づき手を止める静かな場面

わたしが見ている、燃え尽きの「手前」の小さな合図

わたしが自分や、現場で隣にいる職員さんを見ていて「あ、手前まで来てるな」と思う合図は、痛みより先に、生活のはしっこに出ます。いちばん分かりやすいのは、さっきの好きなことが面倒になるでした。

それに続いて出てくるのが、言葉が減ること。夜勤明けに子が「おかえり」と言っても、返事が一言になる。中 2 の長女が祖母の部屋に顔を出している横で、わたしだけ会話に入る気力が湧かない。母が「ありがとう」「ごめんね」と律儀に言ってくれるのに、こちらは「うん」しか返せない日が続く。これは性格の問題ではなくて、言葉を出す分の余力が、もう残っていない合図なんですよね。

もう一つは、夜勤明けの眠りが浅くなること。疲れているのに、布団に入っても頭の中で次の勤務の段取りが回り続けて、休んだ気がしないまま起きる。体は休んでいるのに、頭のスイッチが切れていない。これも「気合いが足りない」のではなくて、回復に使う容量が、もう先に使われてしまっているだけです。

この 3 つが同時に揃ってきたら、わたしは「そろそろ休みを足す番だ」と決めています。1 つだけならまだ様子見、でも 2 つ 3 つ重なったら、根性で乗り切ろうとしないと、自分に言い聞かせています。

夜勤明け、家族の声に返事が一言になり、好きなラジオもつけずにいる静かな場面

合図に気づいたら、わたしがやっている「休む許可の出し方」

合図に気づいても、いちばん難しいのは「休んでいい」と自分に許可を出すことでした。白状すると、わたしも休む許可を自分に出せるようになるまで、3 年かかったんです。やる気がなくても 1 つだけ拾える形にしてあります。

まず、予定を 1 つだけ消します。全部投げ出すのではなく、その週の予定から 1 つだけ。子の習い事の送迎を夫に頼む、土曜の作り置きを 1 回やめる、それくらいの小ささです。「全部休む」は罪悪感が強すぎて続かないので、1 つだけにしているのがわたしのコツです。

次に、銭湯に一人で行く時間だけは死守します。合図が出ている週ほど、ここを真っ先に削りたくなるんですが、逆です。週 1 回、一人で湯に浸かる 40 分が、わたしにとっては心の容量を戻す時間でした。「休む許可」を、具体的な予定の形にして守る、という感じです。

母の介護も、合図が出た日は**「今日は声かけだけ」に下げます**。手すりがあれば母は歩けるので、できることは本人のペースに任せて、わたしは見守りに回る。全部やってあげるのが介護ではなくて、自分が続けられる量に介護を合わせ直す。それでも回らないと感じたら、ケアマネさんにデイの曜日を相談してみる、という選択肢も頭の隅に置いています。一人で抱え込むのを前提にしない、というだけで、肩の力が少し抜けるんですよね。

週1回の銭湯や、予定を一つ減らして自分に休む許可を出すやわらかな場面

なぜ「絶対燃え尽きない方法」と書かないか

ここまで読んで、「これで燃え尽きずに済むの?」と思った方もいるかもしれません。

正直に言うと、わたしにも分かりません。「絶対燃え尽きない方法」「100% 続けられる」は、書けない言葉です。分かっているのは、わたしの体では、合図に早く気づいて休みを 1 つ足した週は、次の夜勤がほんの少し軽かった、というだけです。

もし気持ちが落ち込んだまま戻らない、眠れない日が続く、というときは、わたしの段取りより先に、医療機関や地域の相談窓口に頼ってほしいんです。セルフケアは、つらさの相談を置きかえるものではなくて、そこまで行く前の毎日を少し楽にしておくためのもの、とわたしは思っています。

3 つの合図に全部気づかなくても大丈夫です。「好きなことが面倒になった」、その 1 つに気づけたら、もう半分は気づけています。全部できないと休めない、という休み方は、続きません。

それでも、つい自分のことは最後に回してしまうんですよね。職場では職員さんの燃え尽きの気配に気づくのに、家に帰ると自分の合図だけは見て見ぬふりをしてしまう。プロでも、というより、プロだからこそ、自分の休みは後回しにしてしまうのかもしれません。だから合図は、自分を責めるためではなく、休む許可を自分に出すための、やさしいスイッチとして使ってほしいです。

もし今、好きだったことが少し面倒に感じているなら、あなたが最近「めんどくさい」と感じた小さな楽しみは、何でしたか?

理学療法士

合図に気づいて休みを一つ足し、好きなことを取り戻す静かな終わりの場面

#燃え尽き#休む許可#セルフケア#介護職員#家族介護
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介護現場で12年の理学療法士です。夜勤明けの介護職員さんと家族介護中の方の隣で、続けるための体の整え方を配信します。 責めない温度感で記載します。

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