夜勤明け、靴下を脱いだら足首にゴムの跡が消えなかった朝
夜勤(16:30〜翌9:30)が明けて、玄関で靴を脱いで、居間のソファにそのまま座り込んで靴下を脱いだ瞬間、くるぶしの上にゴムの跡がくっきり残っていて、指で押してもしばらく戻らなかった朝がありました。介護職員さんにも、家族介護をしている方にも、同じように「気づいたら足がパンパンだった」という経験、ありませんか。今日は、わたしが夜勤明けと母の介助の合間に向き合っている、足首のむくみの話を書きます。
靴下のゴム跡が消えない朝
その日の夜勤は、フロアの入居者さんの体位交換と移乗介助が重なって、ナースコールが鳴るたびに小走りで廊下を往復していました。座って記録を書く時間より、突っ立ったまま声をかけている時間の方が長かった夜でした。
休憩室で少し座れたのは、深夜2時を回ってからです。それも15分ほどで、給湯室で立ったままカップ麺をすすって、また持ち場に戻りました。塩気の強いものを口にすると、その後の足の重さが違う気がする、と薄々感じながらも、夜勤の日はどうしても手っ取り早いもので済ませてしまいます。
家に着いて靴下を脱いだら、くるぶしの少し上に、ゴムの形がそのまま溝になって残っていました。指の腹で押すと、白くへこんだ跡がしばらく戻らなくて、ああ今日は結構むくんでるな、と他人事のように眺めていた自分がいます。
理学療法士として、患者さんの足のむくみは何度も見てきました。歩行評価の前に、靴下の跡が消えているかどうかまで確認することもあります。でも自分の足首を見て「これは注意したほうがいい状態だな」と、専門家の目で自分を見るのは、なんだか変な感覚なんですよね。
同じ夜勤に入っていた介護福祉士さんも、更衣室で靴下を脱ぎながら「今日はパンパンですね」とつぶやいていました。資格は違っても、同じように動き続けている足に起きることは、きっと同じなんだろうな、とその背中を見ながら思いました。スマートウォッチを見返すと、その日の歩数は1万5千歩を超えていました。歩いてはいるのに、足首はほとんど同じ角度のまま止まっていた時間の方が長かったんだろうな、と数字を見ながら思いました。

なぜ夜勤明けに足首がむくむのか
足首がむくむ理由は、単純に立ちっぱなしだから、だけではありません。
ふくらはぎの筋肉は、歩いたり足首を動かしたりするたびに収縮して、下にたまった血液を心臓に押し戻すポンプの役目をしています。血管の中には逆流を防ぐ弁もついていて、筋肉の収縮とタイミングを合わせて、血液を少しずつ上へ送り返しています。
ところが、同じ姿勢で立ち続けたり、逆にずっと座って記録を書き続けたりすると、このポンプがほとんど働かなくなります。夜勤は、この「動いているようで、実は同じ姿勢が続いている」状態になりやすい働き方だと感じています。移乗介助のたびに一瞬だけ全身を使うのに、その前後は同じ場所に立って見守っている。歩数は多いのに、ふくらはぎのポンプはちゃんと使えていない、という日が意外と多いんですよね。
重力も味方してくれません。夜勤の後半になるほど、水分が足首から下にたまりやすくなって、朝方が一番むくみが強く出る、という感覚はわたし自身も何度も味わってきました。
夜勤中は、こまめにトイレに立ちにくい時間帯もあって、つい水分を控えめにしてしまう癖があります。喉が渇いていても、巡回や記録に追われていると、水分を摂るタイミングを逃してしまうんですよね。皮肉なことに、水分を控えると体はかえって水分をため込もうとする、と学生の頃に習った記憶があって、飲まないことがむくみを軽くする近道ではない、というのは今でも意識するようにしています。
そういえば、母も夕方になると足首が張ると言って、椅子に座るときに小さな足台を使うようになりました。年齢や活動量は違っても、同じ理屈で足がむくむんだな、と気づいてからは、母の足台を見るたびに他人事に思えなくなりました。
ただ、むくみはいつも同じ強さとは限りません。左右で明らかに差がある、押すと熱っぽい、痛みを伴う――そんなときは、夜勤明けの疲れとは別の話として、内科や整形外科に相談する目安にしています。理学療法士としてではなく、家族や自分の体を守る一人として、そこだけは自分の中で線引きをしています。

わたしが足首に向けてやっている戻し方
むくみがすっかり消える方法、というものをわたしは知りません。でも、夜勤明けに家に着いてから、シャワーを浴びる前の10分ほどで、足首に向けてやっていることはいくつかあります。
まず、居間の壁に両足のかかとをつけて、仰向けに寝転がります。お尻を壁に近づけて、足を壁づたいに真上まで持ち上げて、そのまま90秒ほどキープします。重力を借りて、たまった水分を心臓の方へ戻す時間、というイメージです。
順番も、なんとなく決めています。先に壁で足を上げて重力に水分を戻してもらってから、筋肉のポンプを動かす。逆の順番でやると、なんとなく脚の軽さの戻り方が違う気がして、この順で続けています。
次に、その体勢のまま、足首を大きく反らして伸ばす足首ポンプ運動を20回×2セットやります。つま先を自分の顔に向けて反らし、そこから思い切り伸ばす。これをゆっくりした呼吸に合わせて繰り返すと、ふくらはぎの奥がじわっと動いているのがわかります。
最後に、足を下ろして座り直し、足首をゆっくり10回ずつ円を描くように回します。ここまでで15分もかかりません。子どもたちを送り出したあと、家の中が静かになる短い時間を使うのが、いちばん続けやすいと気づきました。
夜勤の日の靴下も少しずつ見直しました。ゴムがきつく食い込むタイプを避けて、締め付けの弱いものに履き替えるようにしただけで、朝の跡の残り方が変わった実感があります。派手な道具は使っていません。壁と、床と、20回のカウントがあれば、どこでもできる戻し方です。

母を支える足と、自分を支える足
母の入浴介助や、トイレへの移乗を手伝うときも、わたしはずっと立ったまま、同じ姿勢で支えていることに気づきました。母を支えている足と、夜勤で入居者さんを支えている足は、結局同じ足なんですよね。
先日、母の入浴介助を終えて自分の足首を触ったとき、夜勤明けと同じ硬さになっていることに気づいて、少し笑ってしまいました。仕事の疲れと、家の疲れは、別々にたまるわけじゃなくて、同じ足首に重なって積もっていくんだな、と。
居間で足首を回していたら、学校から帰ってきた娘が「お母さんも足パンパンなの」と、母の足台を指さしながら聞いてきたことがあります。わたしと母、二人分の足を見比べて、娘なりに何かを感じ取ったのかもしれません。
足首のむくみくらいで、と思う日もあります。それでも、体の小さな合図を見なかったことにする癖がついていくと、もっと大きな合図も見逃してしまう気がして、最近はできるだけ律儀に、靴下の跡を確認するようにしています。燃え尽きの合図は、いつも心より先に、こういう小さな体の部分に出るような気がしています。
最近は、夕方になってもゴムの跡が消えない日が続いたら、それを「足首を休ませて」という体からの合図として受け取るようにしています。むくみそのものより、むくみが戻りきらない日が続くことのほうが、わたしにとってのセルフチェックの目印です。
あなたの足首は、夜勤明けや介護のあとに、どんな跡を残していますか。

理学療法士
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介護現場で12年の理学療法士です。夜勤明けの介護職員さんと家族介護中の方の隣で、続けるための体の整え方を配信します。 責めない温度感で記載します。
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