「わたしに何かあったら」と気づいた夜、父のお金の管理に社協を挟んだ話
帰りの電車で、スマホの充電が7%まで減っていた夜がありました。父の家から自宅まで、いつもの40分。窓の外は、もう真っ暗でした。座席に座ったまま、ふと思ったんです。今ここで倒れたら、父の家賃も、来月のデイサービスの利用料も、いったい誰が払うんだろう。
父の通帳を「頼むな」と渡されてから、もう二ヶ月が経っていました。暗証番号を知っているのはわたしだけ。通帳の場所を知っているのも、わたしだけです。弟には「窓口はわたし、決定は3人」と伝えてありますが、お金の実務そのものは、結局わたし一人で抱えたままでした。
充電が切れる前に、メモアプリに暗証番号を書き足そうとして、指が止まりました。これ、もし誰かにスマホを見られたら、一番まずいものですよね。結局、何も書かずにしまいました。
「もしもの想像」が止まらなくなった夜
その夜から、しばらく妙な想像が頭を離れませんでした。もし自分が事故にあったら。もし急に入院になったら。父の生活は、誰にも引き継げないまま止まってしまう。
たとえば、もし明日、わたしが入院することになったら。ヘルパーさんへの支払いは、来月の分までどう引き落とすのか。デイサービスの利用料は、いつ、誰が振り込むのか。考えるほど、新しい「もしも」が次から次へと浮かんできました。
考えても仕方のないことだと、頭では分かっていました。夫にその話をしたら、「大げさじゃない?」と笑われました。半分はそうかもしれません。でも、暗証番号と通帳のありかを知っているのが自分ひとりだけという事実は、大げさでも何でもなく、ただの現状でした。
弟が遠方にいる以上、実務を分担するのは現実的ではありません。かといって、このまま「わたしだけが知っている」状態を続けていいのかも、正直分かりませんでした。誰かに分けたいのに、分ける相手がいない。そこで止まっていたんです。
父にはまだ、この不安を話していません。「わたしに何かあったら」なんて、口に出したら、それだけで父を不安にさせてしまう気がして。
家に帰って、父のお金の記録用に置いているノートを開きました。父の家の台所に置いている、B6サイズの茶色いノートです。表紙はもう、少しくたびれています。今夜は、支出を書きに開いたわけではありませんでした。手が止まったのは、ページをさかのぼっていたときです。

二ヶ月前の自分が残していた、一行のメモ
余白に、二ヶ月前の自分の字で、こう書いてありました。
「社協:お金の相談、できるらしい→今度」
今度、が来ないまま二ヶ月です。正直、少しがっかりしました。でも責めたい気持ちより先に、「今度」をようやく今夜に変えられそうだ、という方が大きかったんですよね。
書いた日付は覚えていませんでしたが、たぶん通帳を預かって間もない頃です。あのときのわたしは、書くだけで精一杯で、電話をかける余力までは残っていなかったんだと思います。
がっかりした自分を、それ以上は責めないことにしました。あのときは、通帳を預かって、固定費を見える化して、弟に伝えて。それだけで手一杯だったんです。今できることを、今やればいい。それだけのことでした。
翌日、昼休みに会議室を予約して、地域包括支援センターに電話をかけました。五分で終わらせるつもりが、気づけば十五分話していました。電話口の担当の方の声は、落ち着いていて、急かす感じがありませんでした。それだけで、話しやすさがずいぶん違うものだと知りました。
担当の方は、わたしの状況を一通り聞いたあと、「社協に、日常生活自立支援事業という制度がありますよ」と、あのメモとほとんど同じ言葉を教えてくれました。
自分のメモは合っていたんだ、と思うと、少しだけ安心しました。詳しい説明は社協の担当者から直接聞いてほしいとのことで、そのまま面談の予約を取ってもらいました。電話を切ったあと、少しだけ肩の荷が下りた気がしたのを覚えています。相談する場所がある、というだけで、こんなに違うものなんだと思いました。

「代わりに管理する」のではなく「一緒に確認する」
面談は、父の家の近くにある社協の窓口でした。窓口に着くと、順番待ちの椅子が数脚並んだ、こぢんまりとした部屋でした。緊張しながら座っていると、名前を呼ばれるまでの数分が、やけに長く感じられたのを覚えています。
持っていったのは、父の通帳のコピーと、今困っていることを箇条書きにした一枚のメモです。ケアマネさんの初回訪問前に作った一枚シートの書き方が、こんなところでも役に立ちました。
担当の方の説明で、一番印象に残ったのは「代わりに管理する制度ではなく、一緒に確認する制度です」という一言でした。生活支援員という方が定期的に訪問して、通帳や現金の出し入れを、本人や家族と一緒に確認してくれる。お金の流れに、もう一人の目が入るということなんですよね。
正式に契約するには、本人の意思を確認する手続きがあるそうで、その日はまず制度の説明を聞くだけで終わりました。もっと踏み込んだ「任意後見」という制度の名前も出ましたが、それは今のわたしたちにはまだ早い気がして、詳しくは聞かずに帰りました。一度に全部を決めなくていい、というのも、この二ヶ月でようやく覚えたことです。
説明を聞きながら、ノートの余白に「一緒に確認」とだけ書き足しました。「代わりに」ではなく「一緒に」。この一文字の違いが、わたしにはずいぶん大きく感じられたんです。これまで、お金の管理は「できる人が一人で背負うもの」だと思い込んでいました。でも、そうじゃない関わり方もあるんだと、初めて実感した時間でした。
帰り道、担当の方が最後に言ってくれた言葉が残っています。「一人で抱えている方、本当に多いんですよ」。父のことじゃなく、わたしのことを心配してもらったのは、久しぶりだった気がします。

弟に送った一行と、財布の中の小さなカード
家に帰ってから、まずやったのは財布に小さなカードを一枚足すことでした。地域包括支援センターの番号と、社協の担当者の名前だけを書いた、名刺サイズのメモです。もし自分が動けなくなっても、これを見た人が次にどこへ電話すればいいか、分かるようにしておきたかったんです。
カードを財布に入れながら、ふと、父の保険証のコピーと同じポケットに収まっていることに気づきました。父の暮らしを守るためのものが、少しずつ増えていく。それが、なんだか頼もしく感じられたんです。
書きながら、少し不思議な気持ちになりました。二ヶ月前は、通帳と印鑑を一人で抱え込むことばかり考えていました。今日書いているのは、その反対のことです。抱え込まずに済む道を、自分から増やしている。
弟には、LINEで一行だけ送りました。「父のお金のこと、社協にも相談できる窓口を作ったよ。何かあったらここにも連絡して」。番号を送っただけの、短いメッセージです。それでも、自分ひとりが知っている情報を、もう一人と共有できたことに、思った以上にほっとしました。
弟からは「ありがとう、助かる」とだけ返ってきました。多くを語らないやり取りですが、今のわたしたちには、このくらいの温度がちょうどいいのかもしれません。
すべての不安が消えたわけではありません。契約するかどうかも、まだ決めていません。それでも、「わたしに何かあったら」を想像したときに、真っ暗にならない道が一つ増えたんですよね。

お金の管理を一人で抱えている家族は、思っている以上に多いそうです。もし今、暗証番号を知っているのが自分だけだとしたら――そのことを、今夜だけノートの端にでも書いてみませんか。電話は、また今度でも大丈夫です。
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