母を支える手首が、洗濯物を絞れなくなった朝
夜勤明けの朝、洗面所で洗濯物を絞ろうとしたら、右手首から前腕にかけてピリッとした痛みが走りました。何の変哲もない動作なのに、力が入らない。手のひらを返すと、じんわりとした重だるさが残っている感じがしたんですよね。
思い返せば、その30分前、母をトイレまで誘導していました。うちの母は認知症の進行はゆるやかで、歩行は手すりがあれば可能な状態です。でも手すりに手を伸ばす瞬間、少しふらつくことがあって、わたしはとっさに自分の手首を母の手の下に差し出して支えていました。「大丈夫、ゆっくりでいいよ」と声をかけながら、手首だけでその体重を受け止めていたんです。
一日に何度も繰り返すその動作が、洗濯物を絞る手に重なって、初めて「あ、ここに疲れが溜まっていたんだ」と気づいた朝でした。介護職員としても、家族介護をしている立場としても、手首や前腕の張りって、腰や肩ほど注目されない場所だと思うんです。でも、支える・掴む・握るという動作が集中するのは、実はこの前腕なんですよね。
洗面所で手首が言うことを聞かなくなった朝
その日の洗面所は、いつもと同じ光景でした。夜勤明けで少し重い体を引きずりながら、脱衣かごの洗濯物を手に取る。いつもなら何も考えずに絞れるはずのタオルが、その日は手首の内側に鈍い痛みを連れてきました。
一瞬、何が起きたのか分からなかったんです。転んだわけでも、ぶつけたわけでもない。ただ、朝の一連の動作の中で、少しずつ蓄積していたものが、洗濯物を絞るという「手首をひねる」動作をきっかけに顔を出しただけでした。
手を止めて、自分の手首を眺めながら思ったんです。今朝、この手首は何回、誰かを支えただろうと。母の歩行介助、着替えの介助、朝食の準備。数えきれないくらい、この手のひらと前腕は誰かのために働いていました。

「握る」ではなく「支える」動作に、負担が偏っている
理学療法士として12年、移乗や歩行介助のフォームを見てきて思うのは、手首に負担が偏る人の多くが「握る」ではなく「支える」動作をしているということです。
握る動作は指と手のひらの力を使いますが、支える動作は手首を反らせたまま、前腕の伸筋群だけで相手の体重を受け止め続けます。母の手を下から支えるとき、わたしは無意識に手首を反らせて、指よりも前腕の外側で踏ん張っていました。これが積み重なると、前腕の伸筋群がずっと縮こまった状態になって、手首を動かせる角度が少しずつ狭くなっていくんですよね。
洗濯物を絞る、フライパンを振る、車のドアを支える。どれも手首を反らせた状態で力を入れる動作です。介護の場面で酷使した場所を、生活動作でもう一度酷使している。これに気づかないまま日々を重ねると、朝起きたときに手のひらがこわばって開きにくい、なんて合図が出てくることがあります。

前腕と手首をほどく、夜勤明けの3分ルーティン
気づいた朝から、わたしは夜勤明けの着替えの前に、前腕をほどく時間を3分だけ作るようにしました。
やり方はシンプルです。まず右腕をまっすぐ前に伸ばし、手のひらを下に向けたまま、左手で指先をゆっくり下に引いて手首を曲げます。この状態で20秒、呼吸を止めずに数えます。次に手のひらを上に向けて、同じように指先を下に引き、今度は手首を反らす方向を20秒。左右合わせて2セットずつ、合計で2分弱です。
ポイントは、痛みが強く出るところまで引っ張らないこと。「伸びてるな」くらいの強さで止めて、呼吸を止めないこと。息を止めると前腕の筋肉はかえって力んでしまうので、鼻から吸って口からゆっくり吐きながら伸ばすようにしています。
残りの1分は、手のひらをグーパーと5回開閉して、指の間に軽く反対の手を差し込んで広げる。これだけで、洗濯物を絞る力の入り方が変わる日があるんですよね。

支える手を、手首だけに背負わせない
それでも一番効いたのは、支える動作そのものを手首だけに背負わせないと決めたことでした。母をトイレに誘導するとき、手首を差し出す代わりに、前腕全体を使って肘から支えるように変えてみたんです。最初はぎこちなかったけれど、手首の反りが浅くなる分、翌朝の張りが軽い日が増えました。
中2の長女が「お母さん、最近手首さすってるね」と気づいてくれた日は、少し照れくさかったけれど嬉しかったです。誰かに気づいてもらえるだけで、頑張りすぎを一人で抱えなくていい気がするんですよね。
支える手は、いつも誰かのために伸びています。でも、その手首をほどく3分は、自分のために取っていい時間だと思うんです。あなたの体は、今どこで「支える」を一手に引き受けていますか?

理学療法士
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介護現場で12年の理学療法士です。夜勤明けの介護職員さんと家族介護中の方の隣で、続けるための体の整え方を配信します。 責めない温度感で記載します。
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