母とトイレまで歩く 12 歩のあいだ、わたしはずっと横を向いていました
夕方の 17 時 40 分。母が居間の椅子から「トイレに行きたい」と言って立ち上がりました。居間からトイレまでは、廊下を通って 12 歩です。母は右手で手すりを持ち、わたしは母の左側につきます。
その日は下の子が廊下の先にいて、わたしたちを見て一言だけ言いました。「お母さん、カニ歩きしてる」。
笑って流したのですが、トイレの前で母が「ありがとう」と言って手を離したとき、右の腰がじんわり張っているのに気づきました。12 歩のあいだ、わたしのつま先はずっと母のほうを向いていたんです。
この記事は、家で家族を支えて歩いている方と、施設で歩行介助をしている介護職員さんの両方に向けて書いています。理学療法士として介護現場に 12 年以上、いまは実家で母の家族介護もしています。歩行介助で自分の体が横を向いたままになっていることに、3 年目でやっと気づいたわたしの話です。
12 歩のあいだ、わたしのつま先は母を向いていました
母の歩行は、手すりがあれば大丈夫です。ただ夕方は、手すりを探す手が一拍遅れる日があります。だからわたしは、手すりのない左側に立ちます。
そのとき、わたしの体がどうなっていたか。
母の顔が見たいので、体ごと母のほうを向きます。左手で母の左手を握って、右手は母の背中。つま先は母に向いたまま、足を横に開いてついていく。これが「カニ歩き」の正体でした。
なぜ横を向いてしまうのか、理由ははっきりしています。顔色を見たいから。ふらついたら、正面で受け止めたいから。どちらも、介護をしている人なら当たり前に持っている気持ちです。
ただ、体のほうは別の状態になっています。骨盤は母のほうを向き、進む方向は別。つまり腰が、ねじれた形のまま 12 歩、母の体重の一部を受けているんですよね。母がふらっと寄りかかった瞬間、その重さは正面ではなく、ねじれた腰の片側に乗ります。しかも母は毎回、同じ左側に寄りかかります。右腰だけが張る理由は、ここにありました。
特養でも、同じ形をよく見ます。介護福祉士さんが利用者さんの顔をのぞき込みながら、廊下を横向きに進んでいく姿です。顔を見るその優しさは、そのままでいいと思っています。ただ、体ごと向いていると、その人の腰も同じことになります。夜勤明けに詰所で腰を押さえている介護福祉士さんに聞くと、「廊下を何往復したかな」と笑うことが多いです。往復の数ではなく、向きの話かもしれません。
正直に書くと、わたしは施設では、介助の立ち方を一緒に確かめる側の人間です。そのわたしが、自分の家の廊下では 3 年間、カニ歩きでした。人の体は見えても、自分の体は見えないんですよね。
わたしの右腰の張りは、母の重さではなく、わたしの向きから来ていました。

顔だけ向けて、体は前を向く
次の日の夕方から、立ち方を変えました。最初にやったことは、ひとつだけです。
つま先を、母と同じ方向に向ける。
それだけで、立ち位置が自然に変わります。母の真横ではなく、左の斜め後ろに半歩。母の左肩の後ろに、わたしの右肩がくる位置です。真後ろまで下がると母の視界から消えてしまうので、母が首を少し回せばわたしが見える、その範囲で後ろに下がります。
手の置き方も、この位置だと変わります。母の手を握るのをやめて、左手のひらを上にして、母の左肘の少し下に添えます。手を握ると、母がふらついたときに腕を引っ張る形になりやすいのですが、肘の下なら、母の体を下から受ける形になります。右手は母の腰の後ろ、ズボンのウエストのあたりに軽く置きます。ふらっとしたとき、腕ではなく腰のところで支える形です。
そして歩幅。わたしの一歩を、母の一歩の長さにそろえます。母の右足が出たら、わたしも右足。母が止まったら、わたしも止まる。自分の歩幅で歩くと、半歩後ろにいたはずのわたしが、いつのまにか母の真横に戻ってしまうからです。
顔は母のほうに向けて構いません。首だけ左に向ければ、母の横顔と口元は見えます。体は前、目だけ母。
ここまでやって、母がわたしの顔を見て言いました。「今日は隣にいてくれるのね」。前の立ち方でも隣にいたつもりだったのですが、母には、正面からのぞき込まれている感じだったのかもしれません。
その日の右腰は、トイレの前で手を離しても、張っていませんでした。毎日そうとは言い切れませんが、向きを変えた日とそうでない日で、腰の感じが違うことは、わたしの体では続いています。

曲がり角で、母の話を最後まで聞く
廊下は途中で一度、右に曲がります。ここが 12 歩のなかで、いちばん腰がねじれる場所でした。
前のわたしは、曲がり角の手前で母を先に曲げようとしていました。右手で母の背中を押して、自分の体はまだ横向きのまま。母が曲がる方向と、わたしの向きが二重にずれます。
いまは、曲がり角の手前で、一度止まります。
「次、右に曲がるね」。声をかけて、母が「はい」と言うまで待ちます。母がうなずいてから、母が右足を出して、それからわたしも右足を出します。曲がるのは母が先で、わたしは半歩あとから、つま先を新しい方向へ向けます。
止まる時間は、たぶん 3 秒か 4 秒です。夕方の忙しさのなかで、その 3 秒が長く感じる日もあります。子の宿題、夕食の火、取り込んでいない洗濯物。
でも、母は元小学校の先生で、元気だった頃の口癖が「人の話は最後まで聞きなさい」でした。曲がり角で母の「はい」を待つ 3 秒は、その言葉をわたしが今、母に返している時間なのかもしれないと思っています。ある日、曲がり角で母が「はい、右ね」と自分で言ってから足を出したことがありました。待つと、母のほうから動いてくれる日があるんです。
そして、母のペースに合わせて止まることは、わたしの腰に無理をかけないことと同じでした。母が曲がる前にわたしが動くと、母の重さがわたしの体の外側に残ります。母が先に曲がれば、重さはずっと母の足の上にあります。
急がせないことが、母のためであると同時に、わたしの体のためでもある。この順番に気づいてから、曲がり角で止まるのが、義務ではなくなりました。

歩き終わったら、自分のつま先を見る
歩行介助の向きは、意識していないとすぐ戻ります。夜勤明けの日、母の様子が心配な日、時間がない日。わたしは今でも、気づくと母のほうを向いています。
だから、向きを戻すことより先に、気づく場所を決めました。
トイレの前で母の手を離したら、一度、自分の足元を見ます。つま先がどこを向いているか。前を向いていれば、その 12 歩は体が前を向いていた日です。母のほうを向いていれば、次の 12 歩で戻せばいい。それだけです。
腰が張っていた日は、廊下の壁に背中と両方の踵をつけて、つま先を前にそろえて立ちます。両手のひらを腰の後ろに当てて、左右どちらが硬いかを確かめながら、鼻から吸って口から吐く呼吸を 3 回。ねじれていた腰を、正面に戻す時間です。3 回で十分です。
これは、腰をどうにかする時間ではなくて、「今日は横を向いていたね」と自分に言う時間です。
介護職員さんなら、廊下の端や詰所の壁でも同じことができます。利用者さんを居室まで送って、ベッドに座ってもらって、手を離したあと。ドアを閉める前に、つま先を一度見る。それだけで、次の歩行介助の立ち方が少し変わることがあります。夜勤の深い時間は、体が横を向きやすい時間でもあるので、わたしは 2 時のトイレ誘導のあとに、いちばん足元を見るようにしています。
家族介護をしている方は、介助の立ち方を誰かに見てもらう機会が、ほとんどないと思います。わたしも 3 年間、誰にも見られずに横歩きをしていました。教えてくれたのは、廊下の先にいた下の子の一言でした。
あなたが誰かを支えて歩くとき、あなたのつま先は、どこを向いていますか。
今日の夕方、手を離したあとに、一度だけ足元を見てみてくださいね。

理学療法士
コメント0
まだコメントはありません。
コメント・いいねはアプリまたは会員登録後に行えます。
介護現場で12年の理学療法士です。夜勤明けの介護職員さんと家族介護中の方の隣で、続けるための体の整え方を配信します。 責めない温度感で記載します。
この著者の他のコラムを見る →関連記事
家が静かになった土曜の午後、掃除機を握っていたわたしが休む許可を出すまで
土曜の 13 時 10 分。長女はバスケの試合で朝から出かけていて、下の子は夫が公園に連れて行きました。母は昼ご飯のあと、縁側の椅子でうとうとしています。 家が、静かでした。 そ…
母の部屋の前で、わたしが息を止めていたことに気づいた夜
夜中、母の部屋のドアを五センチだけ開けて、寝息を確かめる時間があります。認知症の進行はゆるやかでも、夕方から見当識がぶれる日があるので、寝る前にもう一度だけ様子を見にいくのが、三…
弟が退院後はじめて実家に来た土曜日、わたしは午後2時に実家を出た
土曜の午前10時半、実家の玄関のチャイムが鳴りました。弟です。新幹線で2時間、子どもたちを家に置いて、一人で来ました。父が退院してから、弟が実家に来るのは初めてでした。 父は居間…