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発信のネタ出し

「暴言」とだけ書いていませんか? — 介護記録・発信で、頻度と場面を残す言い換え

結論、「暴言」という言葉は結果だけを記録し、何を言われたか・何回あったか・その後どうなったかという経過を消してしまいます。認知症介護研究・研修センターのBPSD評価尺度の考え方を手がかりに、頻度と場面を客観的に書き残す言い換え方を整理しました。

執筆: けありんぐ編集部介護福祉けありんぐ 編集部

介護福祉職が記録用紙を前に、言葉の書き方を見直しているイラスト

「暴言」とだけ書いていませんか? — 介護記録・発信で、頻度と場面を残す言い換え

要点

  • 「暴言」という言葉は、記録・発信の現場で頻繁に使われますが、「何を言われたか」「何回あったか」「その後どうなったか」という経過を丸ごと消してしまうリスクがあります。
  • 認知症介護研究・研修東京センターが公開する評価票「BPSD+Q/BPSD25Q」は、暴言を「他者を傷つけるような乱暴な言葉を発する」と定義し、頻度・重症度を段階評価する構造を採っています。この考え方は、日々の記録にもそのまま応用できます。
  • 言い換えの基本は、「暴言」の一語を、実際に発せられた言葉・回数・その後の経過に分解して書くこと。「暴言あり」ではなく「『触るな』と大声で1回」のように書きます。
  • 「不穏」と書く前にでは複数の評価語を横断して扱いましたが、本記事は「暴言」という1語だけを掘り下げます。理由は、暴言には「誰に向けた言葉か」「本人の状態評価にどう使われるか」という固有の論点があるためです。
  • 医療・介護分野に関する記述は一次情報(認知症介護研究・研修東京センター公開のBPSD+Q/BPSD25Q解説資料)に基づき、断定的な解釈は避けて整理しています。

「更衣時、暴言あり」「夜間暴言著しい」——記録にこう書いた経験がある方は、介護の現場では珍しくないはずです。短く、状況を素早く伝えられる言葉に見えます。だからこそ、深く考えずに使ってしまいやすい言葉でもあります。

「不穏」と書く前にでは、「不穏」「徘徊」「暴言」といった評価語を、目に見えた行動に分解して書く考え方を整理しました。「暴言」もその中で少し触れましたが、実はこの言葉には、他の評価語とは違う固有の難しさがあります。それは、「暴言」という一語が、実際に何を言われたか・どれくらいの頻度だったかという、ケアの見直しに欠かせない情報を丸ごと隠してしまうという点です。この記事では、「暴言」という言葉に絞って、なぜ書き方を見直す価値があるのか、公的な評価尺度の考え方を手がかりにしながら整理します。

なぜ「暴言」という言葉を、もう一度見直す必要があるのか?

「暴言」という結果だけを書くと、次に記録を読む人が「どう対応すればいいか」を判断するための材料が残らないためです。

「暴言あり」「暴言著しい」という書き方は、確かに簡潔です。しかし、この記録を読んだ次の勤務者は、実際に何を言われたのか、何回あったのか、どんな場面だったのかを想像するしかありません。声を荒げただけなのか、特定の言葉を繰り返したのか。1回だけなのか、その日に何度もあったのか。「暴言」の二文字は、こうした情報をすべて削ぎ落として、「困った出来事があった」という印象だけを残してしまいます。

ここで手がかりになるのが、認知症介護研究・研修東京センターが公開している評価票「BPSD+Q/BPSD25Q」です。この質問票は、認知症の行動・心理症状(BPSD: behavioral and psychological symptoms of dementia)を25項目に整理し、数値化してケアに関わる人たちの間で共有することを目的に作られています。この質問票では、「暴言」は「他者を傷つけるような乱暴な言葉を発する」という項目として定義され、症状の有無だけでなく、重症度(見守りの範囲か、対応に多大な困難が伴うか)と、頻度(毎日ではないか、毎日継続するか)を段階的に評価する構造になっています。

つまり、専門的な評価の場面では、「暴言があった/なかった」の二択ではなく、「どの程度の頻度で」「どのくらいの負担を伴って」起きているかを記録することが前提になっています。日々の介護記録で「暴言あり」とだけ書いてしまうと、この評価に必要な情報がそもそも残らないことになります。

「暴言」という一語の記録と、頻度・場面・言葉を書き残した記録を対比した図解。「更衣時、暴言あり」→「袖を通そうとした際、『触るな』と大声を出された。その場は時間を置いて再声かけ」、「暴言があり対応困難」→「『うるさい、あっちへ行け』と大声で1回。数分後、声かけに応じ食事再開」、「夜間暴言著しい」→「巡視時『誰だ、出ていけ』と2回発言。日中は同様の発言なし」という3組を左右に並べて示す

「暴言」と、他の評価語は何が違うのか?

他の評価語(不穏・徘徊など)は「行動の描写不足」が主な問題ですが、「暴言」はそれに加えて「誰に向けた言葉で、どんな場面だったか」という関係性の情報が抜け落ちやすい点が異なります。

「不穏」と書く前にで扱った「不穏」「徘徊」は、いずれも本人の様子を、書き手が評価語でひとまとめにしてしまうという構造の問題でした。言い換えの方向性は、「目に見えた行動・聞こえた言葉に分解する」ことでした。

「暴言」も同じ構造の問題を抱えていますが、もう一つの層があります。それは、暴言が「誰かに向けて発せられた言葉」であるという点です。「不穏だった」という記録は、本人の状態を評価した言葉ですが、「暴言があった」という記録は、特定の場面・特定の相手・特定の言葉があったという出来事の記録です。この場面や相手の情報が抜け落ちると、なぜその言葉が出たのか(更衣を急かされた、痛みがあった、など)を後から振り返る手がかりも一緒に失われてしまいます。BPSD25Qが「重症度」だけでなく「頻度」も併せて評価する構造を採っているのは、単発の出来事なのか、繰り返し起きているパターンなのかを区別する必要があるためです。

「暴言」を、具体的にどう言い換えればいいのか?

「暴言」という結果だけでなく、「何を言われたか・何回あったか・その後どうなったか」の3点を具体的に書き残します。

言い換えの型はシンプルです。「暴言」という一語の代わりに、発せられた言葉・回数・その後の経過の3点を書きます。

場面「暴言」とだけ書いた記録言い換えた記録
更衣介助の場面更衣時、暴言あり袖を通そうとした際、「触るな」と大声を出された。その場は時間を置いて再声かけ
食事の声かけの場面暴言があり対応困難「うるさい、あっちへ行け」と大声で1回。数分後、声かけに応じ食事再開
夜間巡視の場面夜間暴言著しい巡視時「誰だ、出ていけ」と2回発言。日中は同様の発言なし

右列に共通するのは、「どんな場面で」「何と言われたか」「その後どう経過したか」の3点がすべて残っていることです。「暴言」の二文字だけでは分からなかった、出来事の輪郭が、この3点を書くことで初めて記録に残ります。

ここで大切なのは、発せられた言葉をそのまま引用することです。「暴言を吐かれた」という書き手側の受け止め方ではなく、「『触るな』と大声を出された」という実際の言葉を書くと、記録を読んだ人が「どんな場面だったか」を具体的に想像できます。また、「1回」「2回」のように回数を添えることで、単発の出来事なのか、繰り返し起きているパターンなのかも記録に残ります。

感情的な言葉を、記録からどう切り離せばいいのか?

書き手の受け止め方(「ひどい言葉だった」「傷ついた」など)と、実際に起きた事実(発言の内容・回数・状況)を分けて書きます。感情そのものを記録から消す必要はありません。

「暴言」を言い換えようとすると、「あんなことを言われて、こちらも辛かった」という気持ちが記録に混ざってしまうことがあります。この気持ち自体は自然なもので、否定する必要はありません。ただし、申し送りとしての記録には、まず事実を書き、感情を書く場合は「事実」と分けて書くことが大切です。

たとえば、「ひどい暴言を吐かれて心が折れそうになった」と一文で書いてしまうと、次に読む人には「何が起きたか」よりも「書き手がどう感じたか」の方が強く伝わってしまいます。「『触るな』と大声を出された。対応した職員は動揺していた」のように、出来事と、それに伴う職員の状態を別の文で書くと、両方の情報が記録として活きてきます。感情を記録するのが良くないのではなく、事実と感情を同じ一文に混ぜてしまうと、どちらの情報も曖昧になってしまう、ということです。

言い換えようとして、つい失敗してしまうのはどんな場面か?

「暴言」を別の一語に置き換えただけで終わる、頻度を書かずに済ませる、原因の推測を事実のように書いてしまう——この3つが、よくあるつまずき方です。

「暴言」という言葉を意識し始めると、かえって陥りやすい失敗もあります。あらかじめ知っておくと、自分の記録・発信を見直すときの目印になります。

失敗1: 「暴言」を、別の一語に置き換えただけで終わる

「暴言」を「暴言的発言」「攻撃的な発言」のような言葉に置き換えても、実は評価語を評価語で言い換えただけということがあります。「攻撃的な発言」という言葉からは、実際に何と言われたのかは分かりません。「暴言」という言葉を使わなくなった分、一見改善したように見えますが、判断の目安は同じです。その言葉から、具体的な発言や場面を思い浮かべられるか。思い浮かばなければ、まだ言い換えは途中です。

失敗2: 頻度を書かずに、その場の出来事だけを書いて終わる

「『触るな』と大声を出された」と、発言だけを書いて終えてしまうケースもあります。BPSD25Qが重症度に加えて頻度も評価する構造を採っているように、単発の出来事なのか、繰り返し起きているパターンなのかは、ケアを見直すうえで重要な情報です。「今週に入って3回目」のように、可能な範囲で頻度も添えておくと、記録の価値が上がります。

失敗3: 原因の推測を、事実であるかのように書いてしまう

「痛みがあったのだろう」「構ってほしかったのだと思う」のように、原因の推測を記録に混ぜてしまうケースもあります。原因を考えること自体は大切なケアの視点ですが、「不穏」と書く前にで扱った「主観と客観を混ぜない」という原則はここでも同じです。推測は「〜と考えられる」「〜の可能性がある」と、事実の記述とは分けて書くと、後から読む人も「どこまでが事実で、どこからが推測か」を区別できます。

「暴言」の言い換えは、発信にも同じように使えるのか?

使えます。発信では「暴言を吐かれて大変だった」ではなく、「どんな場面で、何が起きて、自分がどう対応したか」まで書くと、読み手に伝わる解像度が上がります。

けありんぐでの発信でも、「利用者さんに暴言を吐かれて辛かった」という書き方をしてしまうことがあります。この一文だけでは、読み手には「どんな場面だったのか」「書き手がどう乗り越えたのか」がまったく伝わりません。

たとえば、次の2つの文を比べてみてください。

  • 言い換え前:「今日も利用者さんに暴言を吐かれて、心が折れそうでした」
  • 言い換え後:「更衣の声かけをした瞬間、『触るな』と大声を出されました。無理に続けず、少し時間を置いてから再度声をかけたら、落ち着いて応じてもらえました」

後者は、実際に起きた場面と、書き手が試した工夫の両方が具体的に描写されています。同じ現場にいる読み手には、「うちも似た場面がある」「時間を置く対応、参考になる」と、自分ごととして受け取ってもらいやすくなります。「暴言」という一語の裏にある場面・言葉・経過を書き残す習慣は、記録の質だけでなく、発信の伝わりやすさにもそのままつながります。

もちろん、発信するときは個人が特定されない書き方への配慮も忘れずに。実際の言葉や場面を具体的に書くことと、個人が特定できる固有の情報を書くことは別の話です。「いつ・どこの・誰か」が分かる情報は伏せながら、起きた出来事は具体的に書く、というバランスを意識してみてください。また、利用者さんへの受け止め方を書く際は、「もう無理」「あの上司は」と書く前にで扱った、誹謗中傷にならない境界線への配慮も合わせて意識するとよいでしょう。

まとめ:この記事で持ち帰れること

この記事を読んで、次の2つを判断できるようになったはずです。

  • 「暴言」という言葉を見直す理由——結果だけを書くと、頻度・場面・経過という、ケアの見直しに欠かせない情報が記録から消えてしまうという理由
  • 「暴言」を言い換える具体的な型——「何を言われたか」「何回あったか」「その後どうなったか」の3点を書く方法、そして感情と事実を分けて書く工夫

今日の勤務が終わったら、直近で自分が書いた記録の中から「暴言」という言葉を1件だけ探してみてください。見つかったら、そのときに何を言われたか、何回だったか、思い出せる範囲で書き足してみる——それだけで、次に書く記録の解像度が一段変わってきます。

「不穏」「拒否」といった他の評価語の言い換えについては、「不穏」と書く前に「拒否」とだけ書いていませんか?で整理していますので、あわせてご覧ください。また、ヒヤリハット報告書のように「事実」と「考え」を分けて書く場面での迷いには、ヒヤっとした瞬間を、あとで役立つ記録にするも参考になります。

介護福祉けありんぐでは、こうした「言葉をどう選ぶか」という日々の工夫も、立派な発信のテーマです。アプリで、同じ迷いを持つ介護福祉プロたちの発信をのぞいてみてください。

よくある質問

A. 禁止ではありません。ただし「暴言あり」のように結果だけを書くと、実際に何を言われたか・何回あったか・その後どうなったかという経過が記録から消えてしまいます。「『触るな』と大声で1回」のように、発言・回数・経過を具体的に書き残すことで、記録の情報量が上がります。

A. 「不穏」は主に行動の描写不足が問題ですが、「暴言」はそれに加えて「誰に向けた言葉で、どんな場面だったか」という関係性の情報が抜け落ちやすい点が異なります。認知症介護研究・研修東京センターのBPSD評価尺度も、暴言を重症度と頻度の両面から段階評価する構造を採っています。

A. 本人の様子から推測できる原因を、事実であるかのように断定して書くのは避けます。原因を考えること自体は大切なケアの視点ですが、「〜と考えられる」のように推測であることが分かる書き方にし、実際に起きた事実(発言・回数・場面)とは分けて記録することが大切です。

A. 感情そのものを記録から消す必要はありません。ただし、事実(発言の内容・回数・状況)と、書き手の感情を同じ一文に混ぜてしまうと、どちらの情報も曖昧になります。「『触るな』と大声を出された。対応した職員は動揺していた」のように、出来事と職員の状態を別の文で書くと、両方の情報が記録として活きてきます。

A. 使えます。「暴言を吐かれて大変だった」ではなく、どんな場面で何が起きて、自分がどう対応したかまで書くと、同じ現場にいる読み手が自分ごととして受け取りやすくなります。発信する際は、個人が特定されない書き方や、誹謗中傷にならない境界線への配慮もあわせて意識してください。

A. 認知症介護研究・研修東京センターがウェブで無料公開しており、医療・介護の実践や研究には申請不要で利用できます(商用目的の場合は別途申請が必要です)。本記事では、日々の記録の言い換えを考える手がかりとして、その評価の考え方を紹介しています。

この記事を、自分の経験を整理するきっかけに

まずは公開せず、次の3点を手元のメモに書いてみてください。

  1. どんな場面で、何を見たり聞いたりしたか
  2. 自分は何を考え、どんな工夫をしたか
  3. 同じ立場の人に、どんな経験や工夫を聞きたいか

業務記録をそのまま転載せず、利用者・家族・職場が特定される情報を含めない形に整理します。迷う内容は公開前に職場のルールと相談先を確認してください。

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