「拒否」とだけ書いていませんか? — 介護記録・発信で、本人の意思として書く言い換え
結論、「拒否」の一語は、本人の意思表示を「困った問題行動」に押し込めてしまいます。厚生労働省の意思決定支援ガイドラインをもとに、「拒否した」という結果ではなく本人の言葉・様子として書き残す言い換えの型を整理しました。
執筆: けありんぐ編集部(介護福祉けありんぐ 編集部)

「拒否」とだけ書いていませんか? — 介護記録・発信で、本人の意思として書く言い換え
要点
- 「拒否」という言葉は、記録・発信の現場で頻出しますが、本人の意思表示を「困った問題行動」の枠に押し込めてしまうリスクがあります。
- 厚生労働省の「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」は、本人が示した意思は、他者を害する場合や重大な影響が生じる場合でない限り尊重されるという考え方を基本原則としています。「拒否」という一語は、この視点を記録から消してしまいがちです。
- 言い換えの基本は、「拒否した」という結果だけでなく、「何と言ったか・何をしたか」という本人の意思表示そのものを書くこと。「入浴を拒否」ではなく「『今日はいい』と話され、入浴を見合わせた」のように書きます。
- 「不穏」と書く前にでは複数の評価語を横断して扱いましたが、本記事は「拒否」という1語だけを掘り下げます。理由は、他の評価語と違い、拒否には「本人の意思をどう扱うか」という固有の論点があるためです。
- 医療・法律・制度に関する記述は一次情報(厚生労働省)に基づき、断定的な解釈は避けて整理しています。
「入浴拒否あり」「服薬拒否のため様子観察」——記録にこう書いた経験は、介護の現場にいれば一度はあるはずです。特に難しい言葉でもなく、むしろ簡潔で扱いやすい表現に見えます。だからこそ、深く考えずに使ってしまいやすい言葉でもあります。
「不穏」と書く前にでは、「不穏」「徘徊」「暴言」といった評価語を、目に見えた行動に分解して書く考え方を整理しました。「拒否」もその表の中で少しだけ触れましたが、実はこの言葉には、他の評価語とは違う固有の難しさがあります。それは、「拒否」という一語の裏に、本人がその瞬間に示した「意思」があった、という点です。この記事では、「拒否」という言葉に絞って、なぜ書き方を見直す価値があるのか、具体的にどう言い換えればいいのかを掘り下げます。ただし、言い換えを考えていくと「では、明らかに危険な場面の拒否まで、同じように書いていいのか」という迷いも出てきます。この疑問には、記事の後半で立ち返ります。
なぜ「拒否」という言葉を、もう一度見直す必要があるのか?
「拒否」という結果だけを書くと、その裏にあった本人の意思表示——何を言ったか、どんな様子だったか——が記録から消えてしまうためです。
「入浴拒否」「服薬拒否」という書き方は、確かに簡潔です。しかし、この一語だけを読んだ次の勤務者は、実際に何が起きたのかを想像するしかありません。本人は何と言ったのか。強い口調だったのか、それとも小さな声で断っただけだったのか。理由らしきことを話していたのか。「拒否」の二文字は、こうした情報をすべて削ぎ落として、「結果として断られた」という一点だけを残してしまいます。
ここで押さえておきたいのは、厚生労働省が示す考え方です。「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(平成30年6月策定、令和7年3月に第2版)は、認知症の人の意思決定支援に関わるすべての人を対象に、支援の基本的な考え方を示しています。このガイドラインでは、意思決定支援を「本人が意思を形成することの支援と、本人が意思を表明することの支援を中心とし、本人が意思を実現するための支援を含む」プロセスと位置づけ、次の考え方を基本原則の一つとして掲げています。本人の示した意思は、それが他者を害する場合や、本人にとって見過ごすことのできない重大な影響が生ずる場合でない限り、尊重される。
この視点に立つと、「入浴を拒否した」という一文の裏には、実は「入浴という提案に対して、本人が意思を表明した」という出来事があったことに気づきます。「拒否」という言葉は、その意思表示を「問題」として扱う響きを持ちますが、ガイドラインが示す考え方に立てば、それは本来、尊重されるべき本人の意思表示の一つです。記録・発信で「拒否」と書くとき、私たちは無意識のうちに、本人の意思表示を「困った行動」の枠に押し込めてしまっているかもしれません。
「拒否」と、他の評価語は何が違うのか?
他の評価語(不穏・徘徊など)は「行動の描写不足」が主な問題ですが、「拒否」はそれに加えて「本人の意思をどう扱うか」という論点を含む点が異なります。
「不穏」と書く前にで扱った「不穏」「徘徊」「暴言」は、いずれも本人の行動や様子を、書き手が評価語でひとまとめにしてしまうという構造の問題でした。言い換えの方向性は、「目に見えた行動・聞こえた言葉に分解する」ことでした。
「拒否」も同じ構造の問題を抱えています。しかし「拒否」には、もう一つの層があります。それは、拒否という行為そのものが、本人による意思の表明であるという点です。「不穏だった」という記録は、本人が何かを主張したわけではなく、書き手が状態を評価した言葉です。一方「拒否した」という記録は、本人が明確に「NO」を示した瞬間の記録です。この違いに気づかず、他の評価語と同じ感覚で「拒否」を扱ってしまうと、本人が意思表示をした事実そのものが、記録から見えなくなってしまいます。
だからこそ、「拒否」は他の評価語の言い換えパターンをそのまま流用するのではなく、単独で掘り下げる価値がある言葉だと言えます。
「拒否」を、具体的にどう言い換えればいいのか?
「拒否した」という結果だけでなく、「何を言ったか・どんな様子だったか」という本人の意思表示そのものを、具体的に書き残します。
言い換えの型はシンプルです。「拒否」という一語の代わりに、本人の発言・様子・提案した内容の3点を書きます。
| 場面 | 「拒否」とだけ書いた記録 | 言い換えた記録 |
|---|---|---|
| 入浴の場面 | 入浴拒否あり | 入浴をお声がけしたところ、「今日はいい」と話され、見合わせた |
| 服薬の場面 | 服薬拒否のため様子観察 | 薬をお見せしたところ「これはいらない」と話され、看護職員に報告した |
| レクリエーションの場面 | レク参加拒否 | 参加をお誘いしたところ「今日は部屋にいたい」と話された |
| 食事介助の場面 | 食事介助を拒否 | スプーンを手で押しのけられ、「自分で食べる」と話された |
右列に共通するのは、「何を提案したか」「本人が何と言ったか(または、どんな動作で示したか)」「その結果どう対応したか」の3点がすべて残っていることです。「拒否」の二文字だけでは分からなかった、本人の意思表示の中身が、この3点を書くことで初めて記録に残ります。
ここで大切なのは、本人の言葉をそのまま引用することです。「拒否された」という書き手側の受け止め方ではなく、「『今日はいい』と話された」という本人発の言葉を書くと、記録を読んだ人が「なぜそう言ったのだろう」と考える余地が生まれます。「拒否」の一言で終わらせてしまうと、その先の「なぜ」を考える手がかりごと失われてしまいます。
「拒否」の理由まで書く必要はあるのか?
理由が分からない場合に、推測で理由を書く必要はありません。ただし、本人が理由らしきことを話していた場合は、聞こえた言葉としてそのまま書き残す価値があります。
「言い換えるなら、拒否の理由まで書かないといけないのでは」と感じるかもしれません。しかし、理由が分からないときに無理に推測を書くと、それは「事実」ではなく「書き手の解釈」になってしまいます。「不穏」と書く前にで扱った「主観と客観を混ぜない」という原則は、ここでも同じように働きます。
一方で、本人が何かしら言葉を発していた場合は、その言葉自体が貴重な情報です。「疲れているから」「さっき済ませたから」「今は気分じゃないから」——こうした言葉が実際にあったなら、聞こえたとおりに書き残しておくと、次に同じ提案をするときの参考になります。理由の推測は書かない、理由らしき発言はそのまま書く、という線引きを意識すると、迷いが少なくなります。
明らかに危険な場面でも、同じように書いていいのか?
危険を伴う場面では、本人の意思表示を尊重する姿勢は変わりませんが、「なぜ対応が必要だったか」という記録側の判断も、事実として別途書き残します。
ここで、記事の冒頭で触れた疑問に戻ります。「本人の意思を尊重する」という考え方を強調すると、「では、転倒の危険がある場面で薬を拒否されても、そのまま見送っていいのか」という迷いが出てくるかもしれません。
厚生労働省のガイドラインが示す基本原則をあらためて確認すると、「本人の示した意思は、それが他者を害する場合や、本人にとって見過ごすことのできない重大な影響が生ずる場合でない限り、尊重される」とされています。つまり、尊重には前提があり、無条件にすべての意思表示をそのまま通す、という趣旨ではありません。危険が伴う場面では、専門職への相談や、本人への説明を重ねるといった対応が必要になる場合があります。
記録として大切なのは、この判断の過程を、事実として書き残すことです。「拒否されたが、転倒リスクを考慮し、看護職員に相談のうえ再度声かけを行った」のように、①本人の意思表示、②それに対する記録者の判断、③実際に取った対応、の3つを分けて書くと、後から読む人にも「なぜその対応を選んだのか」が伝わります。本人の意思を尊重する視点を持つことと、必要な対応を取ることは、対立するものではありません。むしろ、意思表示を丁寧に書き残すからこそ、その先の判断も筋の通ったものとして記録に残せます。
言い換えようとして、つい失敗してしまうのはどんな場面か?
「拒否」を別の言葉に置き換えただけで終わる、感情的な表現を混ぜてしまう、本人の言葉を要約しすぎて元の言い回しが消えてしまう——この3つが、よくあるつまずき方です。
「拒否」という言葉を意識し始めると、かえって陥りやすい失敗もあります。あらかじめ知っておくと、自分の記録・発信を見直すときの目印になります。
失敗1: 「拒否」を、別の一語に置き換えただけで終わる
「拒否」を「非協力的」「介助困難」のような言葉に置き換えても、実は評価語を評価語で言い換えただけということがあります。「非協力的」という言葉からは、本人が何を言い、どんな様子だったのかは分かりません。「拒否」という言葉を使わなくなった分、一見改善したように見えますが、判断の目安は同じです。その言葉から、具体的な発言や場面を思い浮かべられるか。思い浮かばなければ、まだ言い換えは途中です。
失敗2: 本人の言葉に、書き手の感情的な受け止め方を混ぜてしまう
「『今日はいい』と、また冷たく突き放すように話された」のように、本人の言葉の後ろに書き手の感情的な評価を付け足してしまうケースもあります。「冷たく突き放すように」は書き手の解釈であり、本人がそう意図したかは分かりません。本人の言葉は言葉としてそのまま書き、そこに評価を重ねないことが、意思表示を尊重する記録の基本です。
失敗3: 本人の言葉を要約しすぎて、元の言い回しが消えてしまう
「入浴を嫌がる発言があった」のように要約してしまうと、結局「拒否」と大差ない抽象度に戻ってしまいます。本人が実際に口にした言葉——「今日はいい」「疲れてるから」——は、できる限りそのままの言い回しで書き残すほうが、後から読む人にも状況が伝わりやすくなります。要約は便利ですが、本人の言葉そのものが持つ情報量を削ってしまうことがある、と知っておくだけで、書き方は変わってきます。
「拒否」の言い換えは、発信にも同じように使えるのか?
使えます。発信では「〜を拒否されて大変だった」ではなく、「本人がどう考え、どう表現したように見えたか」まで書くと、読み手に伝わる解像度が上がります。
けありんぐでの発信でも、「利用者さんに拒否されて困った」という書き方をしてしまうことがあります。この一文だけでは、読み手には「本人が何を、どう伝えようとしていたのか」がまったく伝わりません。
たとえば、次の2つの文を比べてみてください。
- 言い換え前:「入浴の声かけをすると、いつも拒否されてしまいます」
- 言い換え後:「入浴の声かけをすると、『今日はいい』とだけ返ってくることが多く、その先の理由まではなかなか話してもらえません。時間を変えて声をかけると、応じてもらえる日もあります」
後者は、本人の言葉と、書き手が試している工夫の両方が具体的に描写されています。同じ現場にいる読み手には、「うちも似た場面がある」「時間を変える工夫、参考になる」と、自分ごととして受け取ってもらいやすくなります。「拒否」という一語の裏にある本人の意思表示を書き残す習慣は、記録の質だけでなく、発信の伝わりやすさにもそのままつながります。
もちろん、発信するときは個人が特定されない書き方への配慮も忘れずに。本人の言葉を具体的に書くことと、個人が特定できる固有の情報を書くことは別の話です。「いつ・どこの・誰か」が分かる情報は伏せながら、本人が示した言葉や様子は具体的に書く、というバランスを意識してみてください。
まとめ:この記事で持ち帰れること
この記事を読んで、次の2つを判断できるようになったはずです。
- 「拒否」という言葉を見直す理由——結果だけを書くと、本人が示した意思表示そのものが記録から消えてしまうという理由
- 「拒否」を言い換える具体的な型——「何を提案したか」「本人が何と言ったか」「どう対応したか」の3点を書く方法、そして危険を伴う場面では判断の過程も分けて書く工夫
今日の勤務が終わったら、直近で自分が書いた記録の中から「拒否」という言葉を1件だけ探してみてください。見つかったら、そのときに本人が何と言ったか、思い出せる範囲で書き足してみる——それだけで、次に書く記録の解像度が一段変わってきます。
「不穏」「徘徊」といった他の評価語の言い換えについては、「不穏」と書く前にで整理していますので、あわせてご覧ください。また、ヒヤリハット報告書のように「事実」と「考え」を分けて書く場面での迷いには、ヒヤっとした瞬間を、あとで役立つ記録にするも参考になります。
介護福祉けありんぐでは、こうした「言葉をどう選ぶか」という日々の工夫も、立派な発信のテーマです。アプリで、同じ迷いを持つ介護福祉プロたちの発信をのぞいてみてください。
よくある質問
A. 禁止ではありません。ただし「入浴拒否」のように結果だけを書くと、本人が実際に何を言い、どんな様子だったのかという意思表示の中身が記録から消えてしまいます。「『今日はいい』と話され、入浴を見合わせた」のように、本人の言葉・様子・対応を具体的に書き残すことで、記録の情報量が上がります。
A. 「不穏」「徘徊」は主に行動の描写不足が問題ですが、「拒否」はそれに加えて「本人が意思を表明した瞬間の記録である」という点が異なります。厚生労働省の意思決定支援ガイドラインは、本人が示した意思は原則として尊重されるという考え方を基本原則としており、「拒否」という一語はこの意思表示そのものを見えにくくしてしまいます。
A. 分からない理由を推測で書く必要はありません。本人が何かしら言葉を発していた場合は、その言葉をそのまま書き残す価値がありますが、理由を書き手が想像して断定するのは避けます。理由の推測は書かず、理由らしき発言はそのまま書く、という線引きが目安になります。
A. 本人の意思を尊重する姿勢は変わりませんが、厚生労働省のガイドラインも「他者を害する場合」や「重大な影響が生ずる場合」は尊重の対象外となり得るとしています。危険を伴う場面では、本人の意思表示・記録者の判断・実際に取った対応の3つを分けて事実として書き残すことで、後から読む人にも判断の過程が伝わります。
A. 使えます。「拒否されて大変だった」ではなく、本人がどう言い、書き手がどう工夫しているかまで書くと、同じ現場にいる読み手が自分ごととして受け取りやすくなります。発信する際は、個人が特定されない書き方への配慮もあわせて意識してください。
この記事を、自分の経験を整理するきっかけに
まずは公開せず、次の3点を手元のメモに書いてみてください。
- どんな場面で、何を見たり聞いたりしたか
- 自分は何を考え、どんな工夫をしたか
- 同じ立場の人に、どんな経験や工夫を聞きたいか
業務記録をそのまま転載せず、利用者・家族・職場が特定される情報を含めない形に整理します。迷う内容は公開前に職場のルールと相談先を確認してください。



