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セルフケア2026年8月27日5分で読める

これまで何十人分も出してきた「介護休業」の申請書を、初めて自分のために書いた日

なかぴー@親の介護が始まった日のメモ
@family_care_life
これまで何十人分も出してきた「介護休業」の申請書を、初めて自分のために書いた日
目次

月末の総務部の机には、来月分の休業・休職の申請書が積まれています。育休、介護休業、休職。毎月何件も目を通し、規定を説明し、判子を押す。それがわたしの仕事です。

先週、その束の中から「介護休業申出書」だけを一枚、コピー機の前でこっそり自分の分として刷りました。父が倒れて三ヶ月。通い介護がやっと生活のリズムに乗り始めた頃でした。子が春に家を出て、ようやく自分の時間が増えると思っていた矢先のことです。何十人分も配ってきた紙のはずなのに、自分の名前を書く欄の前で、手が止まりました。刷った紙をカバンにしまい、帰りに寄ったコンビニのコーヒーを飲みながら、しばらく開けませんでした。

これまで人に説明してきた制度を、初めて自分のために読んだ

わたしはこの十数年、後輩や他部署の社員から「親の介護で休みが必要なんです」と相談されるたび、同じ説明をしてきました。「介護休業は対象家族一人につき通算93日まで、3回に分けて取得できます」「給付金は休業前賃金のおよそ67%です」。

数字はすらすら出てきます。何百回も口にしてきた説明だからです。三年前、育児中の後輩が親の介護と重なって相談に来たときも、この数字をそのまま渡しました。「大変そうだな」と思いながら、書類を受け取り、規定を説明し、判子を押す。それだけで、自分の役目は終わっていると思っていたんです。

でも申出書の「休業を必要とする理由」の欄を、自分のために埋めようとしたとき、その数字がまるで違う顔をして立っていました。父の名前と続柄を書く欄があります。「実父」と三文字書くだけのことが、なぜかできませんでした。書いてしまうと、何かを認めることになる気がしたからです。

最初は「個人的な事情のため」とだけぼかして書こうかとも思いました。理由欄を埋める義務はあっても、詳しく書く義務まではありません。でも、これから同じ欄を埋める誰かのことを考えたら、ぼかした言葉を残すのは違う気がしました。

自分の名前を書こうとして初めて、あの後輩に渡していた距離の意味が分かった気がしました。書類の向こう側には、いつも誰かの家の事情がある。分かっていたつもりで、実は何も分かっていなかったんですよね。

しばらく手を止めたあと、思い直しました。この欄を曖昧にしても、あとで困るのは自分です。休業の規定は会社によって細かいところが違うので、迷う方は人事担当か、お近くの労働局やハローワークに一度確認してみてください。うちの会社の規定は、わたしがずっと人に配ってきたものと、同じ中身でした。

「実父・脳梗塞後のリハビリのため」。書き終えたとき、この制度が初めて「他人のためのもの」から「自分のためのもの」に変わった気がしました。

何十人分も配ってきた申請書を、自分のために書く手元

「休業」ではなく「半休の組み合わせ」を選んだ理由

けれど、わたしはこの93日を、まとめて使うことはしませんでした。

理由は単純です。父の介護は、一日中手がかかるわけではないからです。火曜と木曜はデイサービス、水曜は訪問リハ、隔週で通院。手がかかる日と、かからない日が、はっきり分かれています。

最初の月は、そのリズムが分からず失敗しました。木曜に半休を申請したら、その日はデイサービスの日で、父はもともと一人でも大丈夫な日だったんです。空振りの半休を一日、無駄にしてしまいました。

その反省から、ある晩、台所のテーブルでカレンダーを広げ、一週間の予定を書き出してみました。月・水・金は普段どおり出社できる。火・木はデイサービスがあるので父は見てもらえる。水曜は訪問リハの先生が来る時間に合わせて、少しだけ遅く出社する。空いた枠に入るのは、月に一、二度の通院だけでした。

まとめて休むより、その日だけ半休を取るほうが、うちの家には合っている。そう気づいた瞬間でした。

ケアマネさんに相談したとき、「一個ずつでいいですよ」と言われたことを思い出しました。介護休業も同じです。93日を一気に使い切る必要はありません。93日という枠は「もしもの保険」として残しておき、普段は半休と時差出勤の組み合わせで乗り切る。そう決めました。

もうひとつ、理由があります。長期間まとめて席を空けることに、正直、怖さがありました。戻ったときに自分の居場所がどうなっているか、想像がつかなかったからです。これは弱さではなく、わたしの働き方への率直な気持ちとして、ここに書いておきます。夫にこの話をしたら、「その組み方、あなたらしいね」とだけ言われました。

台所のテーブルに広げたカレンダーに半休の予定を書き込む手元

上司に「使わない」理由を伝えた日、拍子抜けされた話

半休の組み合わせでいく、と課長に伝えに行った日のことです。

「介護休業、せっかく取れるのに使わないの? もったいなくない?」

課長は本気で不思議そうでした。休める権利があるのに使わない部下は、珍しく映ったのだと思います。総務の課長ですから、制度の中身はわたし以上に知っています。だからこそ、余計に不思議だったのかもしれません。

わたしはカレンダーを見せながら、父の一週間の予定と、まとめて休むより小刻みに動くほうが今のうちには合っていることを説明しました。課長は「なるほどね」と言いながらも、少し腑に落ちない顔をしていました。制度を知っていることと、それを自分の家に当てはめて考えることは、別なんだと、話しながら思いました。

隣の席で聞いていた先輩が、あとから小さく声をかけてくれました。「その決め方、わたしもいつか参考にするかもね」。誰かに見られているとは思っていなかったので、少し驚きました。

同じ時期、隣の課の後輩は違う選択をしていました。お母さまが急に倒れて、まとまった介護休業を取っています。彼女には彼女の事情があり、わたしにはわたしの事情がある。どちらが良い・悪いという話ではありません。

制度は同じでも、使い方は家庭の数だけあります。総務でずっとそれを説明してきたはずなのに、自分がその一人になって初めて、実感として分かりました。

課長には最後に、通院の日だけは前もって共有カレンダーに入れておくと伝えました。急に休むより、見えている予定のほうが、職場も安心できるはずだからです。

上司にカレンダーを見せながら半休の予定を説明する場面

制度を配る側として、これから変えたいこと

申請書を配る側に戻った今、変わったことがひとつあります。

これまでは「93日まで取得可能です」と、数字だけを渡していました。今は一言、付け加えるようにしています。「まとめて取っても、半休で組んでも、どちらでもいいんですよ。ご家族の生活に合わせて決めてください」と。

制度の説明をする自分と、制度を使う側になった自分は、同じ会社にいながら、まったく違う景色を見ていました。数字を正しく伝えることと、その人の家の事情に寄り添うことは、別の仕事なのだと知りました。

来月、また誰かが「親の介護で休みが必要かもしれません」と相談に来るはずです。そのとき渡す紙は同じでも、渡す言葉は、もう前とは違うものになると思います。

新しい申請書の束を整え、次の人へ渡す準備をする総務の机

何十人分も配ってきた申請書に、自分の名前とハンコを押してから、もう一ヶ月が経ちます。93日の枠は、まだほとんど使っていません。使わずに済むなら、それでいいと思っています。

あなたの職場では、まとめて休むことと、日々の融通をきかせること、今のご家族にはどちらが合っていますか。

#介護休業#仕事と介護の両立#総務のリアル#在宅介護
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