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セルフケア2026年7月16日4分で読める

デイサービスに「行きたくない」と言っていた父が、将棋盤の前で機嫌が変わった話

なかぴー@親の介護が始まった日のメモ
@family_care_life
デイサービスに「行きたくない」と言っていた父が、将棋盤の前で機嫌が変わった話
目次

デイサービスの送迎車が最初に家に来た、その火曜の朝のことを、わたしはよく覚えています。玄関で靴を履かせようとしたら、父が急に動きを止めて、「行きたくない」と、ぼそっと言いました。理由を聞いても、「別にいい」しか返ってきません。結局その日は、迎えの車を十分ほど待たせて、なんとか車椅子に乗ってもらいました。玄関で見送るわたしの背中に、父の不機嫌な沈黙が、ずっと張り付いていました。

あれから三ヶ月弱経った、ある火曜の朝のことです。父はカレンダーを指さして、「今日、行く日だろ」と自分から言いました。わたしは聞き間違いかと思って、二度聞き返してしまいました。

なかぴー、五十二歳、ふつうの会社員です。中堅メーカーの総務部で係長を、二十八年勤めてきました。三ヶ月前、実家で一人暮らしをしていた父(七十九歳)が脳梗塞で倒れて、わたしの通い介護がはじまりました。今日は、「行きたくない」と言っていた父が、なぜ自分からデイの日を数えるようになったのか、その間に何があったかを書き残します。

「行きたくない」の正体は、たぶんプライドの問題でした

最初の数回、わたしは「みんな優しいから大丈夫だよ」「リハビリにもなるから」と、良さを説明して連れて行こうとしていました。でも父は、まったく響いていないような顔をするだけでした。

ある晩、送迎から帰ってきたヘルパーさんが、玄関先で小さく教えてくれたことがあります。「お父さん、車椅子で他の利用者さんの輪に入るの、最初はすごく嫌がっていましたよ。たぶん、車椅子に乗っている自分を見られるのが、恥ずかしいんだと思います」。

そう言われて、初めて腑に落ちました。父は長く、人に頼らず自分でなんでもやってきた人です。市役所勤めの頃から、部下に指図することはあっても、される側になったことはほとんどない。その父が、右半身が動かない体を、知らない人たちの前にさらす。あれは「面倒くさい」ではなくて、「怖い」だったんですよね。わたしは、便利さやリハビリの効果を説明すればするほど、父の本当の気持ちから遠ざかっていた気がします。

弟にもLINEで「今日も行き渋ってる」と愚痴っていたのですが、弟からは「じゃあ休ませたら」としか返ってきませんでした。新幹線で二時間の距離にいて、実際に父の顔を見ていない弟に、この空気は伝わりにくいんですよね。責める気にはなれませんでしたが、「これはわたしが、目の前で解いていくしかないんだな」と思いました。

デイサービスの送迎車の前で行き渋る父と、それを見送る家族

将棋盤の前で、父は「教える側」に戻れた

変化のきっかけは、三回目か四回目の利用のあたりだったと、あとで職員さんから聞きました。デイの若いスタッフさんが将棋の駒を並べているところに、父がふと「それ、そうやって並べるんじゃない」と口を挟んだのがはじまりだったそうです。

それから、父は将棋のコーナーで「先生」と呼ばれるようになりました。スタッフさんが、あえて父を立てて教わる形にしてくれていたようです。同じくらいの年代の男性の利用者さんとも駒を挟むようになり、送迎のたびに、その方が「また火曜にな」と父に声をかけてくれるようになったと聞きました。

わたしも、迎えに行った帰りの車の中で、聞き方を一つだけ変えてみました。「今日は何したの?」ではなく、「今日は先生、何を教えたの?」と聞くようにしたんです。それだけで、父は驚くほどよく話すようになりました。教わる側としてではなく、教える側の話として聞かれると、話しやすいんだと思います。ハンドルを握りながら、助手席の父が将棋の一手を得意げに説明するのを聞くのは、この三ヶ月でいちばん救われた時間でした。

送迎の車の中で将棋の話を得意げにする父の横顔

家に「行きたくない」が戻ってこなくなった理由

気づけば、「行きたくない」と言う夜は、すっかりなくなっていました。それどころか、実家の台所のカレンダーに、父自身が赤い丸をつけるようになっていたんです。最初は送迎の日をわたしが書き込んでいたのに、いつの間にか父が自分で赤ペンを持って、火曜と木曜に丸をつけている。

先日、訪問リハの先生が来た日に、「お父さん、デイの日は自分から準備してますよ」と教えてくれました。「ご家族が無理に連れて行くより、本人が行きたい場所があるほうが、ずっと続きますよ」とも言っていました。専門的なことはわたしにはわかりませんが、実際に父を見ていて、たしかにそうなんだろうな、と感じます。

わたしがしたことといえば、聞き方を一つ変えたことと、あとは「行きたくない」と言われたときに、無理に理由を並べて説得しなかったことくらいです。デイの世界の中で、父自身が「教える側」「対等な相手」でいられる場所を見つけて、勝手に戻ってきてくれた。介護というと、こちらが何かを「してあげる」ことばかりだと思っていましたが、父の居場所や役割を奪わないようにする、それだけでも十分なのかもしれない、と最近は思っています。

弟にも、「お父さん、将棋教えるの張り切ってるよ」と写真つきで送ってみました。今度は「え、そんな一面あったんだ」と、すぐに返事が来ました。愚痴を送っていたときより、よほど早い返信でした。父の元気そうな一面は、遠くにいる家族への、いちばん伝わりやすい報告なのかもしれません。

台所のカレンダーに父自身が赤い丸をつける手元

あなたの家の親御さんにも、「行きたくない」の裏に、小さなプライドや、失いたくない役割が隠れているかもしれません。理由を問い詰める前に、その人が「教える側」「対等な相手」でいられる瞬間が、まわりのどこかにないか。ケアマネさんやデイの職員さんと、一緒に探してみる価値はあると思います。

あなたの家では、親御さんが「対等でいられる場所」は、今どこにありますか。

#デイサービス#親の気持ち#在宅介護#家族介護
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