父が「めまいがする」と電話をかけてきた夜、先に決めていた順番で動いた話
三ヶ月前、父が退院してまだ十日ほどの、水曜の夜九時半のことです。実家からの電話が鳴って、出ると父の声が少し変でした。「なんか、めまいがする」。それだけ言うと、父は黙ってしまいました。
わたしは携帯を握ったまま、次に何をすればいいのか分かりませんでした。救急車を呼ぶべきか。ケアマネさんに聞くべきか。それとも訪問看護師さんか。頭の中で三つの選択肢がぐるぐる回るだけで、指が動きません。結局、意を決してケアマネさんの携帯に電話をかけましたが、留守番電話につながり、そこでようやく119番を押しました。救急隊が来て、血圧が高くなっていただけで大事には至りませんでしたが、電話が鳴ってから救急車を呼ぶまでの、あの十分近くの「何もできなかった感覚」は、今でもよく覚えています。
なかぴー、五十二歳、中堅メーカーの総務部で係長をしています。三ヶ月前、実家で一人暮らしをしていた父(七十九歳)が脳梗塞で倒れて、わたしの通い介護がはじまりました。今日は、あの夜の反省から、電話をかける順番を先に決めておいた話を書き残します。
訪問看護師さんに「サイン」を教わって、順番を紙に書きました
あの夜から数日後、週一回来てくれる訪問看護師さんに、正直に「あの時、何からすればいいか分からなかった」と話しました。看護師さんは責めるでもなく、「こういう時は、すぐ連絡してくださいね」と言ってから、父の場合どんな見た目や様子が「すぐ呼ぶべき」サインにあたるか、先生から聞いている範囲で教えてくれました。
その場でわたしがやったのは、難しい判断基準を丸ごと覚えることではなく、電話をかける順番を数字にして紙に書くことでした。父の家の電話の横と、わたしの携帯のメモの両方に、同じ紙を置きました。
内容はこうです。①誰が見てもはっきりおかしい(呼びかけに答えない、顔や話し方が急に変わる)ときは、迷わず119。②普段と違うが受け答えはできるときは、まず訪問看護師さんの携帯。③体調というより生活面で困っている、段取りに迷うときは、ケアマネさんの携帯。④状況が落ち着いてから、弟にLINEで報告。
もうひとつ決めたのは、電話をかけた時に最初に言う三つだけです。「父の名前」「いつから」「普段と何が違うか」。この三つさえ先に言えば、あとは相手が聞いてくれる、と看護師さんに言われて、それだけを覚えることにしました。順番も三つの言葉も、紙一枚に大きな字で書いただけです。特別な道具は何もいりませんでした。

実際にその紙を使った夜、十分が三分になりました
先週、また父から「めまいがする」と電話がありました。三ヶ月前と同じ言葉です。でも今回のわたしは、電話を切ったらすぐに紙を見て、迷わず②の訪問看護師さんの携帯を押しました。
「父です、さっきから、めまいがすると言っています」。まず名前と症状だけ伝えると、看護師さんは電話越しに「顔は歪んでいませんか、呂律は大丈夫そうですか」と聞き返してくれました。父に代わって確認すると、いつもと変わらない受け答えができていました。「それなら今夜は様子を見て、明日の訪問で血圧を測りましょう」。電話をかけてから着地するまで、時計を見たら三分もかかっていませんでした。
あの夜は十分近く固まっていたのに、今回は三分で終わった。その差を作ったのは、わたしが冷静になったからではなく、紙に順番が書いてあったからだと思います。迷う時間がなくなると、怖さそのものも、少しだけ小さくなる気がしました。電話を切ったあと、父の隣で座り込んで、初めて自分の手が震えていたことに気づいたくらいです。

弟にも同じ紙を送って、窓口を分けました
その夜のうちに、わたしは同じ紙を写真に撮って、弟にLINEで送りました。「①と②はわたしが対応するから、③が起きたらすぐ共有する。何かあったらこの順番でわたしが動くから、心配だったらこれを見て」とだけ書きました。
弟からは「ありがとう、正直、何かあった時に自分が何をしていいか分からなかった」と返ってきました。遠方にいる弟は、今まで「何かあれば連絡して」としか言われておらず、その「何か」の中身も、自分がどこで動けばいいのかも、見えていなかったのだと思います。窓口を一人で抱えるのと、順番だけでも共有しておくのとでは、弟の安心の度合いがまったく違ったようです。今では弟から「あの紙、まだ冷蔵庫に貼ってある?」と時々聞かれるようになりました。
紙の中身は、これからも先生や看護師さんの話を聞くたびに、少しずつ書き直していくつもりです。完成させることより、今のわたしたちに合った形にしておくことの方が、たぶん大事なのだと思っています。

あなたの家では、夜中に電話が鳴ったとき、最初にどなたの顔が浮かびますか。
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