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発信のすすめ

ありがとうと言われた瞬間、覚えていますか? — 良かったことは記録しないと消えていく

結論、介護現場での「ありがとう」やうまくいったケアの場面は、放っておくと記憶から真っ先に消えていきます。ポジティブ心理学の「感謝日記」の考え方を介護現場に翻訳し、3行で書き留める記録法と、それが自分を支える資産や発信のネタになる理由を整理しました。

執筆: けありんぐ編集部介護福祉けありんぐ 編集部

介護職員が休憩室でスマホに今日の感謝された場面を書き留めているイラスト

ありがとうと言われた瞬間、覚えていますか? — 良かったことは記録しないと消えていく

要点

  • 介護現場での「ありがとう」やうまくいったケアの場面は、放っておくと記憶から真っ先に消えていきます。 人は失敗や困った場面のほうを強く記憶し、良かった出来事は流れていきやすいためです。
  • ポジティブ心理学で研究されてきた「感謝日記(gratitude journal)」は、良かった出来事を3〜10個、定期的に書き出すだけのシンプルな方法で、幸福感や心のしなやかさ(レジリエンス)の向上と関連づけて報告されています。
  • 介護現場に翻訳すると、「誰が」「何をしてくれたか・何がうまくいったか」「そのとき自分がどう感じたか」の3行で十分です。
  • モヤモヤは書くと軽くなるで紹介したジャーナリングが「つらさの整理」だとすれば、この記録は「良かったことの保存」。両方を持っておくと、感情の記録に偏りがなくなります。
  • 書き留めた「良かったこと」は、時間が経つと自分を支える資産になり、いずれ発信のネタにもなります。

「今日、利用者さんに『ありがとう』って言われたな」——そう思った帰り道の記憶は、1週間後にはっきり思い出せるでしょうか。多くの人は、その日のうちに別の出来事に上書きされて、輪郭がぼやけてしまいます。一方で、強い言葉を返されて傷ついた場面や、対応に迷って後悔した場面は、なぜか何年経っても鮮明に覚えている——そんな経験はないでしょうか。

これは意志が弱いからではありません。人の記憶は、ネガティブな出来事のほうを強く刻み込みやすいという性質を持っています。だからこそ、良かったこと・嬉しかったことは、意識して記録しないと、そのまま消えていきます。 この記事では、ポジティブ心理学で研究されてきた「感謝日記」の考え方を介護現場に翻訳し、今日から使える3行の記録法を紹介します。

なぜ「良かったこと」は記憶に残りにくいのか?

人には、ネガティブな出来事や情報を、ポジティブな出来事よりも強く記憶し、優先的に処理しようとする性質があるためです。

心理学の領域では、こうした傾向は「ネガティビティ・バイアス」と呼ばれます。危険や失敗にいち早く気づき対処することが生存に直結してきたため、人の脳はネガティブな情報に強く反応するように働きやすいと考えられています。悪い出来事のほうが記憶に定着しやすく、繰り返し思い出されやすいのは、この性質のあらわれです。

介護の現場は、この傾向が特に表れやすい環境だと言えます。利用者さんの拒否、家族からの厳しい言葉、ヒヤリとした場面——こうした出来事は、業務としての振り返りや申し送りの対象になり、記録にも残ります。一方で、「ありがとう」と言われた瞬間や、声かけのタイミングがうまくはまった場面は、記録する仕組みがないまま、その日のうちに記憶の奥に沈んでいきます。放っておけば、つらかったことばかりが記憶に残り、良かったことは何も残らないという非対称が、自然と積み重なっていくのです。

介護が「感情労働」だからこそ、この非対称が大きくなる理由は?

利用者さんやご家族の感情に寄り添うために、自分の感情はいったん脇に置いて対応する場面が多く、良かった感情も同じように流されやすいためです。

介護の仕事には「感情労働」という側面があると言われます。相手の状態や気持ちに合わせて、自分の表情や態度、言葉を調整しながら対応する仕事のことです。困った場面では、まず相手を落ち着かせることや安全を確保することが優先され、自分がどう感じたかを振り返る余裕は後回しになりがちです。これは、良かった場面でも同じように起こります。「ありがとう」と言われて嬉しかった気持ちも、その場でゆっくり味わう前に、次の業務に意識が切り替わってしまうのです。

つまり、感情労働という働き方そのものが、良い感情も悪い感情も、その場でいったん脇に置く習慣を作りやすいということです。脇に置かれた感情のうち、ネガティブなものは前述のネガティビティ・バイアスによって記憶に残りやすい一方、ポジティブなものは意識して拾わない限り、そのまま流れていってしまいます。良かったことを記録するという行為は、この非対称を意識的に是正する、小さな手当てだと言えます。

「感謝日記」とは何か? — ポジティブ心理学の知見

良かった出来事・感謝したいことを、3〜10個程度、定期的に書き出すだけのシンプルな習慣です。

「感謝日記(gratitude journal)」は、ポジティブ心理学の分野で研究の蓄積がある手法のひとつです。やり方は難しくありません。1日の終わりや週の節目に、「今日(今週)よかったこと・感謝したいこと」を数個、短く書き出すだけです。研究では、こうした記録を続けた人に、より高い幸福感や楽観性、良好な人間関係、心のしなやかさ(レジリエンス)が見られたと報告されています。頻度については、毎日よりも週1回程度のほうが効果が続きやすいとする報告もあり、1回あたり3〜10項目程度がバランスの良い量だとされています(Positive Psychology, "Gratitude Journal: 35 Ideas for Getting Started")。

モヤモヤを整理するジャーナリングと良かったことを残す感謝の記録を、目的・書く内容・タイミングで対比した図解。ジャーナリングはつらい出来事を非公開で整理する、感謝の記録は良かった出来事を残して自分を支える資産にする、という役割の違いを示す

ただし、これも医療的な治療法ではなく、効果には個人差があります。 モヤモヤは書くと軽くなるで紹介したジャーナリング(つらさの整理)と、この記事で紹介する記録(良かったことの保存)は、扱う感情の向きが逆です。どちらか一方だけでなく、両方を知っておくと、感情の記録に偏りがなくなります。

介護現場に翻訳すると、何を書けばいいのか?

「誰が」「何をしてくれたか・何がうまくいったか」「そのとき自分がどう感じたか」の3行で十分です。

一般的な感謝日記は「感謝したいこと」を自由に書き出す形式ですが、介護の現場ではもう少し具体的な型にしたほうが手が動きやすくなります。次の3行を、その日の帰り道や休憩時間に書いてみてください。

  • 誰が(利用者さん・ご家族・同僚・後輩など、場面に登場した相手)
  • 何をしてくれたか・何がうまくいったか(具体的な出来事。「ありがとうと言ってくれた」「声かけのタイミングがはまった」など)
  • そのとき自分がどう感じたか(「嬉しかった」「ほっとした」「やってよかったと思った」など、感情をそのまま)

たとえば、「Aさん(利用者)が/今日の入浴介助のあと『気持ちよかった、ありがとう』と言ってくれた/自分の工夫が伝わった気がして嬉しかった」——これだけです。きれいな文章にする必要はなく、体裁を整える時間があるなら、その分もう1つ別の場面を書いたほうが記録は厚くなります。

どのくらいの頻度で、いつ書けばいいのか?

毎日でなくて構いません。夜勤明け・週の終わりなど、自分の区切りのタイミングで3〜5個を目安に書き出すのがおすすめです。

感謝日記の研究では、毎日書き続けるよりも、週1回程度のほうが効果が長続きしやすいという報告があります。理由のひとつは、毎日書いていると内容が似通ってきて、「またこれか」と新鮮さが薄れやすいためだと考えられています。介護の現場でも同じことが起きやすいので、無理に毎日続けようとせず、週に1回、シフトの区切りで振り返るくらいのペースが現実的です。

3行で書き留める感謝の記録の手順を示す図解。誰が、何をしてくれたか・何がうまくいったか、そのとき自分がどう感じたか、の3項目を1つの場面につき短く書き、週1回3〜5個を目安に続けることを示す

書く場所も特別な準備は要りません。スマホのメモアプリ、けありんぐのアプリの下書き機能(非公開で保存できます)、手元のノート——続けやすい場所であれば何でも構いません。大切なのは、良かったことをその場で流さず、ひとまず短くでも残しておくことです。

「良かったことなんてなかった」と感じる日はどうする?

無理に絞り出す必要はありません。「小さくても、事実としてあったこと」まで基準を下げれば、たいてい何か見つかります。

忙しい日や、しんどい出来事が続いた日は、「今日は良かったことなんてなかった」と感じることもあるはずです。そんなときに無理に大きな出来事を探そうとすると、かえって「見つからない自分」に落ち込んでしまいます。基準を下げてみてください。「利用者さんが薬をいつも通り飲んでくれた」「休憩時間に同僚と少し話せた」「予定していた業務を時間内に終えられた」——これくらい小さな事実でも十分です。感謝日記の研究でも、大きな出来事だけでなく、日常の些細な良いことを拾い上げること自体に意味があるとされています。

それでも本当に何も思い浮かばない日は、無理に書かなくて構いません。「今日は書けなかった」という事実さえ、後から振り返ればその日がどれだけ大変だったかを示す記録になります。 毎日続けることよりも、続けられる範囲で続けることのほうが大切です。

書き留めた「良かったこと」は、何の役に立つのか?

しんどい時期に読み返す「自分を支える資産」になり、時間が経てば発信のネタにもなります。

書き留めた記録がいちばん力を発揮するのは、実は書いたその日ではなく、後になって振り返るときです。人手不足や理不尽な出来事が続いて「この仕事を続ける意味があるのか」と感じるような時期に、過去の「良かったこと」の記録を読み返すと、自分がこれまで積み重ねてきた小さな手応えを思い出すことができます。ネガティビティ・バイアスによって記憶から消えかけていた出来事が、記録という形で残っているからこそできることです。

もうひとつの使い道は、何を書けばいいか分からない人へでも紹介した、発信のネタとしての活用です。「利用者さんに感謝された場面」の記録がいくつか溜まると、その中に「なぜその声かけが響いたのか」を掘り下げられる場面が見つかることがあります。その経験、履歴書に書く前に発信してみませんかで紹介したキャリアの棚卸しが経験全体を時系列でさかのぼる作業だとすれば、この記録は日々の「良かった瞬間」をそのつど拾っておく、もっと軽い習慣です。両方を組み合わせると、発信のネタに困りにくくなります。

もちろん、発信として公開する際は、個人が特定されない書き方への配慮を忘れずに。感謝の記録はまず自分のためのものであり、公開するかどうかは後から決めれば十分です。

まとめ — この記事で持ち帰れること

この記事で持ち帰れることは、次の3つです。

  • 良かったこと・嬉しかったことは、意識して記録しない限り、ネガティブな出来事より先に記憶から消えていくこと
  • 「誰が」「何をしてくれたか・何がうまくいったか」「そのとき自分がどう感じたか」の3行で、週1回・3〜5個を目安に書き留めれば十分なこと
  • 書き留めた記録は、しんどい時期に自分を支える資産になり、やがて発信のネタにもなること

今日ひとりでできることをひとつ。今日の勤務の中で、誰かに「ありがとう」と言われた場面、または自分の対応がうまくはまったと感じた場面を1つだけ思い出し、3行で書き留めてみてください。

介護福祉けありんぐ は、介護・福祉に携わるプロが、良かったことも、つらかったことも、自分の言葉で残し、分かち合えるプラットフォームを目指しています。まずは今日の「良かったこと」を1つ、書き留めることから始めてみませんか。

よくある質問

A. 人には、ネガティブな出来事をポジティブな出来事より強く記憶し、優先的に処理しようとする「ネガティビティ・バイアス」という性質があるためです。危険や失敗にいち早く気づき対処することが生存に直結してきたため、悪い出来事のほうが記憶に定着しやすいと考えられています。介護の現場では、困った場面は申し送りや振り返りの対象になり記録が残りますが、良かった場面には記録する仕組みがなく、記憶の奥に沈みがちです。

A. 良かった出来事・感謝したいことを、3〜10個程度、定期的に書き出すポジティブ心理学の手法です。研究では、続けた人により高い幸福感や楽観性、心のしなやかさ(レジリエンス)が見られたと報告されています。毎日よりも週1回程度のほうが効果が続きやすいという報告もあります。医療的な治療法ではなく効果には個人差がある点に留意してください。

A. 「誰が」「何をしてくれたか・何がうまくいったか」「そのとき自分がどう感じたか」の3行で十分です。たとえば「Aさん(利用者)が/入浴介助のあと『気持ちよかった、ありがとう』と言ってくれた/自分の工夫が伝わった気がして嬉しかった」のように書きます。きれいな文章にする必要はありません。

A. 基準を下げてみてください。「利用者さんがいつも通り薬を飲んでくれた」「休憩時間に同僚と少し話せた」といった小さな事実でも十分です。それでも思い浮かばない日は無理に書かなくて構いません。書けなかったという事実自体が、その日がどれだけ大変だったかを示す記録になります。

A. しんどい時期に読み返すと、自分が積み重ねてきた小さな手応えを思い出せる「自分を支える資産」になります。また、記録がいくつか溜まると、その中に「なぜその声かけが響いたのか」を掘り下げられる場面が見つかり、発信のネタにもなります。公開する際は個人が特定されない書き方への配慮を忘れずに。

この記事を、自分の経験を整理するきっかけに

まずは公開せず、次の3点を手元のメモに書いてみてください。

  1. どんな場面で、何を見たり聞いたりしたか
  2. 自分は何を考え、どんな工夫をしたか
  3. 同じ立場の人に、どんな経験や工夫を聞きたいか

業務記録をそのまま転載せず、利用者・家族・職場が特定される情報を含めない形に整理します。迷う内容は公開前に職場のルールと相談先を確認してください。

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