移乗の前に、車椅子をひと押しするようになった日
三時のおやつが終わったころの食堂は、いちばん気が緩む時間です。窓際の席は日当たりがよくて、皆さんうとうとしかけることもある、そんな時間帯なんですよ。
窓際のテーブルで、88歳の女性が車椅子から少し身を起こしました。テーブルに手をついて、自分で少し前に出ようとしたんですね。器用な方で、いつもそうやって少しずつ自分の力で動こうとされる方でした。
その瞬間、車椅子がすっと数センチ動きました。
倒れはしませんでした。手がテーブルについていたからです。でも廊下の向こうからその数センチを見てしまって、わたしはしばらく動けませんでした。
レバーは、かかっていたはずなんです。少なくとも、朝の巡視のときは。
巡視のときは、ちゃんと目視していました。でも「目視」と「触れて確かめる」は、まったく別のことだったんです。
普段は、何も起きません。何百回、何千回とブレーキをかけて、何も起きない日がほとんどです。だからこそ、あの数センチが際立ったのかもしれません。
車椅子のブレーキは、毎日何十回も確認しているはずのものです。それでもあの数センチは、これまで見てきたヒヤリの中でも、いちばん静かに怖いものでした。
ブレーキは「かかっているように見える」だけのことがある
あとで確かめると、レバーの位置は普段とほとんど変わりませんでした。倒してあるように見えたんです。
でも指先で押してみると、ロックの爪が半分しか噛んでいませんでした。トグル式のブレーキは、最後の数ミリを押し込まないと、見た目はかかっていても車輪が空転する機種があります。
半分だけかかったロックは、静かにわたしたちを油断させます。
あの日はその足で、フロアにあるほかの車椅子も何台か確かめて回りました。同じ機種で、同じように半分しかかかっていないものが、もう一台見つかりました。偶然ではなく、起きて当然のことだったんです。
施設の車椅子は、数年おきに入れ替わります。レバーの重さも、掛かる感触も、機種ごとに微妙に違うんですよね。赤いレバーの機種は指二本分の力でしっかり噛み込む音がしますが、灰色のレバーの機種は音がほとんどせず、感触だけが頼りです。同じ「かける」という動作でも、機種によって確かめ方を変えなければいけないということに、恥ずかしながらあの日まで気づいていませんでした。
理学療法士として車椅子に関わってきて、もう15年になりますかね。それでも「見た目」に何度も助けられ、何度も裏切られてきました。
歩行訓練のときは、車椅子から立ち上がる瞬間を必ず見ています。でも歩行訓練が終わったあとの、ただ座って移動するだけの場面は、正直そこまで注意深く見ていませんでした。
わたしにできるのは、車椅子そのものの整備ではありません。理学療法士として見ているのは、座る姿勢と、その先の環境です。でもブレーキは、その環境のいちばん手前にあるものだと、あの日あらためて思ったんです。
わたし、こういう数センチばかり記憶に残ってしまう性分で困るんですけど、あの日の車輪の動きは今でもはっきり思い出せます。

忙しい時間ほど、確認が「動作」で済まされる
おやつの片付け、口腔ケアの準備、次のレクリエーションへの声かけ。三時台はいつも、いくつもの仕事が重なります。一つ一つは小さな作業なのに、重なると呼吸が浅くなる時間なんですよね。
そういう時間ほど、ブレーキの確認は「レバーを倒す」という動作だけで完了扱いになりがちです。指先の感触まで確かめる余裕は、正直なところ後回しになります。
何百回と繰り返した動作は、いつのまにか意識をすり抜けていきます。ベテランほど、その「すり抜け」が起きやすいのかもしれません。わたし自身、車椅子のたたみ方や体位交換の手順は、もう体が覚えていて、頭で考えることはほとんどありません。効率がいいことでもあり、危ういことでもあるんですよね。
新人研修の日、車椅子の使い方を教える時間は15分ほどしかありません。移乗の介助方法、フットレストの上げ下げ、そしてブレーキ。駆け足で教わったことは、駆け足で忘れられていくのかもしれません。
新人の職員ほど、ベテランの倒す速さだけを真似てしまう傾向がありました。ある日、新人の男性職員が「ちゃんとかけました」と言ったレバーを、わたしが軽く引いてみたら動いたんです。彼の顔が、さっと青くなったのを覚えています。
彼を責める気にはなれませんでした。速さは教わっても、感触は誰も教えていなかったから。
あとで主任さんに相談すると、「レバーは倒せていれば大丈夫だと、わたしも教わってきました」と言われました。誰かが悪いわけではなく、そう教わってきた人が、そのまま次の人に教えてきただけなんです。

移乗の前に、車椅子をひと押しする
そこから変えたのは、確認をひとつ増やすことでした。
①レバーを最後まで倒す。②そのあと座面のふちに軽く手のひらを添えて、体重の一部を預けるように押す。動けば、まだかかっていません。
これを現場では「ひと押し」と呼ぶことにしました。力はいりません。頬杖をつくくらいの重さで十分です。
移乗の前には、声に出して「ブレーキ、よし」とひと言添えるようにもしました。確認したことを自分の中だけで終わらせず、隣にいる誰かにも聞こえる形にするためです。
申し送りノートにも、移乗介助が必要な方の欄に「ひと押し確認」の一言を足しました。誰が読んでも、何をする一言かすぐ分かるようにしたかったんです。
車椅子の保管場所には、小さなカードを一枚下げました。「ひと押し、忘れずに」とだけ書いた、それだけのものです。特別な設備も、予算もいりませんでした。
最初は日勤帯だけで試しました。慣れてきたところで、一週間ほどかけて夜勤にも広げていきました。急に全員に求めるのではなく、まず数人が体で覚えてから、まわりに広げていく順番にしたんです。
新人にも教えやすくなりました。「かける」だけでなく「押して確かめる」まで、動作としてひと続きにできたからです。特養でも老健でも、車椅子を使う場面はほとんど変わりません。だから、難しい説明はいらないと思ったんです。
多職種のミーティングでも、ひと言だけ共有しました。大げさな議題にはせず、「移乗の前にひと押し、お願いします」とだけ伝えました。
手順は増えても、迷いは減りました。

変わったのは数センチ、それでも
ひと押しを始めてから、車椅子が動くヒヤリを見る回数は減りました。ゼロになったとは言いません。
ただ、あの日の数センチは、もう「たまたま倒れなかった」では済まされなくなりました。手順の中に組み込まれたからです。
車椅子のブレーキは、目立たない小さな部品です。でも小さな部品ほど、見た目に頼ってしまいやすいのかもしれません。
段取りは、大きく変えなくていいんです。数センチの余白を、手順のどこかに残しておくだけで十分なのかもしれません。
あの日の女性は、今も同じ席でおやつを召し上がっています。わたしは通るたびに、車椅子のふちにそっと手を添えて、動かないことを確かめる癖がついてしまいました。
怖かった数センチを、忘れないでいることが、いちばんの点検なのかもしれません。
見た目だけで確認を終えていること、あなたの現場にはありませんか。

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介護施設で 10 年以上、理学療法士として現場に入ってきました。主任さん・施設長さん・ケアマネさんが翌朝の申し送りで使える「段取り」を中心に、移乗・転倒予防・家族面談・引き継ぎノートの整え方を、現場を責めない温度でまとめます。
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