介護ベッドのカタログが三冊届いた夜、比べ方を変えた話
父の退院まで、あと一週間に迫った火曜日でした。退院前カンファレンスの帰り際、ケアマネさんが「そろそろ介護ベッド、決めましょうか」と声をかけてくれました。週末、福祉用具の相談員さんがリビングに来て、パンフレットを三冊、テーブルに広げてくれたんです。背上げの角度、高さ調整の範囲、レンタル価格。数字がびっしり並び、三分もしないうちに目が滑りました。
三冊のカタログがどれも同じに見えた夜
相談員さんは一つずつ丁寧に説明してくれました。でも「背上げ角度70度まで」「対荷重120キロ」と言われても、父の毎日のどこに関わるのか、想像できないんですよね。前日にソファを部屋の隅へ寄せ、メジャーで測った搬入スペースは幅90センチ。ぎりぎりでした。
総務の仕事柄、見積もりを比べるのは得意なはずでした。でもこのときは比べる軸が自分の中になかったんです。安いのでいいのか、機能が多い方がいいのか。相談員さんが帰ったあと、パンフレットを並べたまま、しばらく動けませんでした。
選べない夜でした。答えは冊子の中ではなく、父の一日の方にあるはずでした。

ケアマネさんに教わった、比べるための三つの軸
翌朝、迷ったままケアマネさんに電話をしました。「一個ずつでいいですよ」といういつもの調子で、「機能で選ぶんじゃなくて、お父さんの一日の中でベッドに何をしてほしいか、から選ぶといいですよ」と言われたんです。
一つ目は、父が自分で起き上がれるかどうか。角度が浅いと腕の力だけで起きようとして転びやすく、電動で高めまで上げられるタイプは自分でスイッチを操作する練習にもなると教わりました。右手でボタンを押す練習中だったので、大きめのボタンで片手でも押せるものを選びました。
二つ目は、介助するときの高さです。低いと着替えのたびに腰をかがめることになります。「介助する人の腰、壊れたら共倒れですからね」というケアマネさんの一言が残っていて、70センチ前後まで上げられることを条件にしました。
三つ目は、レンタル価格。一割負担で月々千円台のものと三千円台のものがあり、真ん中のグレードに決めました。
三つに絞ったら、三冊のカタログはもう迷うものではなくなっていました。

ベッドが来た日、父が見せた複雑な顔
搬入の日、業者さんが組み立てる間、父は車椅子の上から黙ってそれを見ていました。組み上がったベッドを見て、父はぽつりと「病人のベッドだな」と言ったんです。わたしは何と返していいかわからず、黙って布団カバーを整えるふりをしていました。
その日の夜、父がリモコンを自分で押して背もたれを上げ、「ああ、楽だな」とつぶやきました。わたしが手を貸す前に、父が自分でやってのけたんです。「病人のベッド」が、その一言で「自分で動かせる道具」に変わった瞬間でした。

車椅子や手すりを選ぶときも、同じ三つの軸を使うようになった
外出用の車椅子や玄関の手すりを選ぶときも、同じ三つの軸に立ち返るようになりました。父ができることを増やすか、体の負担を減らすか、続けられる金額か。カタログの厚みに圧倒されることが、少しずつ減っていきました。
福祉用具は体の状態や生活動線で選び方が変わります。迷ったら相談員さんやケアマネさんに聞き直していいと、今なら思えます。
みなさんのお宅では、本人のできることと介助する側の体、どちらを先に考えていますか。

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